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それぞれのシネマ・中華圏監督編(2007/フランス)

 今年で還暦を迎えたカンヌ映画祭での記念イベントとして製作、上映された究極のショートフィルムコレクション『それぞれのシネマ』。カンヌの常連監督たちが映画館というテーマで3分間の短編を作るという課題を与えられ、世界に名前を轟かす35人の監督(うち2組兄弟)が作り上げた、120分33本勝負。
 アジア地域からは中華圏の5人に北野武監督を加えた6作品が登場。二番手に登場したかのバカ監督(しつこいようですがこれはホントに彼に対する誉め言葉です)の作品は既に観ていたのでどーでもいいとして、さっそく感想を。

『電姫戯院』監督:候孝賢
 台湾・フランス・日本の古典的&なつかし映画の一場面が描かれたクラシックな看板。そこから視線を下へ移すと、入り口にいろんな人がたむろして、台湾語でカバーされた『ズンドコ節』が陽気に流れてくる。もちろん、おつまみを売る屋台も大賑わい。ここだけでもう、ホウちゃん作品ってことが丸わかり。クローズアップを排してやや引いたところに固定されたカメラワークも懐かしい。
 電姫戯院には、一般の庶民から裕福な家庭のお嬢様たちまで、さまざまな人が集まってくる。そこに1台のジープが止まり、ピシッと軍服をきめた若い軍人(張震)が、身重の妻(すーちー)と子供たちを伴って降りてくる。彼らもまた映画を観に来たのだ。いくら遠目からでもちゃんと張震&すーちーのカップルだとわかるのがいい。ああそうか、これは『百年恋歌』の後日譚だったのか…。なんで去年の今ごろ、無理してでも観なかったのだろう、と後悔しても役立たず。
 夫婦が映画館の中に入った次の瞬間、時代は一気に40年進み、廃墟と化した現在の館内に変わる。ぼろぼろのスクリーンに映し出されるのは、おそらく60年代の青春映画の一場面。日本と同じように、映画館が一番の娯楽だった時代は、台湾でも既に過去のものなのか…。
 ホウちゃんは、この作品でおそらく自らが青春を過ごした時代を描いたのだろう。それにはもちろん、某ヒット邦画的懐かしさの追求もあるのだろうけど、同じ時代を描いても、あの映画にはない過ぎ去った時代への挽歌が聞こえるような気がする。

『看電影(映画を観る)監督:張藝謀
 野外上映は、たいていの中国映画の題材に使われる。『思い出の夏』『玲玲の電影日記』などを挙げれば説明不要か。偶然なんだろうけど、盟友にしてライバルでもあるイーモウとカイコーはこれを題材にしていた。まずはイーモウ作品から。
 ホウちゃんの映画体験を元にした先の作品の余韻を引きずったままこれを見たせいか、うっかり「ああそうかぁ、イーモウの幼少時の映画体験はやっぱり野外上映がぁ。なんか台湾と大陸の60年代の違いを感じるよなぁ」なんて大バカ丸出しで言っていたんだけど、この話自体が現在の中国を舞台にしているんだよね(苦笑)。
 映写機と機材を積み込んだ軽トラに乗る青年と、それを追いかける子供たち。青年に一目ぼれする村の少女。夜になるのが待ちきれずに映写の準備に集まる子供たち。上映前のちょっとしたアクシデント…と、よくある(であろう)風景を軽やかにきりとり、少し銀のかかったフィルムに焼きこむ。こういう純朴さはイーモウの真骨頂でしょう。今後もこーゆー作品を頼むよイーモウ。もう“らぶらぶ邪念”や“濃密な時代劇”はお腹いっぱい。

『是夢』監督:蔡明亮
 台湾映画界の問題児(こらこら)ミンリャンはマレーシア華僑。最新作の『黒い瞳のオペラ』は未見だけど、それを考えると彼の撮る台湾に妙な熱帯的アンニュイさが漂うのは合点がいく。いや、アタシはマレーシアに行ったことありませんよ、単なるイメージです。もちろん行ってみたいけど。
 そんなミンリャンが故郷マレーシアで撮ったのがこの作品。いや、アタクシ的には『楽日』のように、古い映画館の誰もいない座席を3分間固定カメラで写しっぱなしにしても怒らないぞなんて思ったけど、いくらミンリャンでもさすがに同じ手は二度も使わない。でもシャオカンと懐メロは何度でも使う。ついでに自分の母親まで登場させる。椅子に座らず階段にしゃがんでドリアンをほじくる。
 使えるものはとことん有効活用する。偉いぞミンリャン、わははははは。以上。うわーなんだこりゃ、感想これだけか。

『I Travelled 9000 Kilometers To Give It To You』監督:王家衛
 青さの残る少年(『地下鉄』のファン・ジーウェイ)が、隣席の女性(ひそかに王家衛作品常連のチャン・ヨーリン)に心奪われ、思わずエロい行為に出る、と説明すればこんだけ(ってずいぶんアバウトな説明だな、それでいいのか?)なんだが、さすがはオサレで個性派の俺様審査委員長家衛&こだわりのアーティストウィリアムさんコンビ、その他愛もない話のフッテージにゴダールのSF映画『アルファヴィル(題名はこの映画の台詞から)』を用い、いつもながらの映像美とモノローグwith字幕とジーウェイの顔のアップとヨーリンの美脚アップ(で顔は絶対映らない)でラッピングしてエロさやんわりで仕上げた次第。…しかしそれでもツッコミたい。これはなんだ、映画ってゆーよりも散文詩か!?キミたち詩人か!?ってそのツッコミ自体が意味不明でオチがないよ!
 ところでこれを観て以来、ネタの『アルファヴィル』が観たくなってしょうがない。昔深夜にTVで放映した時に撮ったビデオが途中で切れていた悔しさもあるんだけど、イマドキの大味SFよりも20世紀後半に作られたレトロシックなフューチャーノワールが結構好きだからってこともあってねぇ。

『寒村(ザンショウ村)監督:陳凱歌
 同じ野外上映ネタでも、カイコーの切り取る風景は1977年。
 映画技師のいぬ間にいたずらし、この年に亡くなったチャップリンの無声映画に喜ぶ子供たち。電気が切れたので自転車にバッテリーをつなげ、ペダルを漕いで人力発電で映画鑑賞。それは技師に見つかり、当然こっぴどく怒られることになる。子供たちは三々五々と逃げていくが、たった一人逃げずにその場に縮こまっていた少年がいた。「おじさん、映画、もう終わっちゃったの?」と尋ねた少年は、目が見えなかった…。
 映画は、決して目が見える人のためだけのものではない。目が見えなかったり、言葉がわからない人が映画を楽しむ話も今回の短編に多く、その手のネタでは、盲目の女性が恋人の助けを借りてラブストーリーに感涙するイニャリトゥ監督の作品が印象的だった。3分間の中で物語の焦点がどんどん変わっていくので、散漫な印象も感じられないわけじゃないけど、時代が変わっても、大人でも子供でも、盲目の人も耳の聞こえない人も映画を平等に楽しむ資格があるのだというテーマがこめられていたのだろうか。

 こうやって5人の5作品を思い出しながら書いてみると、まさに5人それぞれのシネマがあり、5人とも個性を発揮した作品に仕上がっていたのでホントに楽しかった。もちろん他の地域の監督作品もそれぞれ楽しんだ次第。
 いやぁ、いい企画をありがとう、カンヌ映画祭実行委員会さん!
 そして、この映画を日本まで持ってきてくださってホントに感謝します、フィルメックス事務局さん!!

 そうそう、他の作品についての感想は非中華な日記の方で書きます、思い出したらなるべく早く。

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