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『珍妃の井戸』浅田次郎

 帰省中の新幹線と、横浜行きの電車の中で、浅田次郎の『珍妃の井戸』を読了。すいすい読めたので嬉しかったわ。 

 義和団事件から2年経ち、列強諸国が入り込んだ清朝末期の北京。その混乱のさなか、光緒帝に寵愛された美姫、珍妃が非業の死を遂げた。彼女は誰かに殺されたに違いない…。謎の中国女性からその噂を聞きつけた英国海軍提督ソールズベリーは、ドイツのシュミット大佐、ロシアのペトロヴィッチ公爵、日本の松平忠永教授とともに珍妃殺人事件の捜査に乗り出す。NYタイムズ記者に始まり、珍妃に係わりのあった人々-光緒帝の側近だった宦官の蘭琴、袁世凱将軍、珍妃の姉で同じく光緒帝の側室だった瑾妃、彼女に仕えている宦官の劉蓮焦、そして帝位を剥奪された満洲皇族の溥儁の証言を次々ととっていくソールズベリーたち。しかし、誰の証言も見事に食い違い、真相はますます藪の中に入っていく。それならば彼女に一番近い者の発言に真実があるのでは、と気づいた4人は、西太后の手で幽閉された光緒帝に会いに行くことにする…!

 今評判になっている邦画『キサラギ』のような倒叙もの(実は傷城もミステリ的にはこのジャンル)の形をとり、しかも関係者の証言がみな食い違うのはご存知『藪の中』からかの『英雄』でもお馴染な方式。このような推理小説スタイルで書かれるのは、光緒帝の愛妾・珍妃の死の真相。中国史の通説では、彼女は西太后に殺されたことになっていて、中国関係の人々(中国人に限らず)の間では常識ともいえることらしい。しかし、その定説にあえて異を唱え、真相ははっきりさせなかったとはいえ、ある事件を複数の視点で見ることから、定説とは違う物語を浮かび上がらせるストーリーテリングはうまい。

 日本人の書く中華小説といえば、北方謙三氏の『水滸伝』や田中芳樹氏の明代までを舞台にした小説(ごめん、両方とも読んでない)、武田泰淳の『十三妹』くらいしか思いつかず、どうも馴染み深くなかったこともあるんだけど、『ラストエンペラー』などのイメージもあるので、浅田氏の中華小説はイメージがしやすいし、実際面白く読めた。
 あと、彼の小説では、いわゆる歴史上の悪役に光をあてていることもあり、そのへんにおいても興味深いものがある。『蒼穹』では稀代の悪女といわれる西太后を人間くさいおばさんとして描き、昔の映画にあった“側室の手足を切って生きたまま酒樽に漬ける”なんて残虐なイメージを吹っ飛ばしてしまったものだっけ。ここでは、各人の証言によって説明される人物像が重層的に描かれ、例えばある者が瑾妃を犯人と呼び、その残虐非道さを語れば、別の者はそれをまるっきり否定するといった具合。これは先に書いたように、歴史的事実を複数の視点から見ることで、新たな真実を知ることと同じ。ここでは袁世凱の意外さが見えて面白い。各登場人物への個人的評価はとりあえずおいといても、こういう見方も悪くないよね。 

 浅田次郎の中華小説といえば、なんといっても『蒼穹の昴』。これは10年くらい前に読んでいて、レスリー&家輝主演で映画化なんてどーだろう?なんて思ったことがあったりする。あ、思っただけですので、念のため。この小説の主人公、若き宦官の春児こと李春雲と、彼の義兄弟である蘭琴も続けて登場。これを読んだら、読み返したくなったのはいうまでもない。

 そして現在刊行中の『中原の虹』。これは清朝滅亡を描いているとのことで、完結したら読みたいかも。

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