« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »

2007年8月

復活!香港ドラゴン航空仙台便

 今朝、職場で新聞チラシの整理をしていたらHIS東北チラシに目が止まった。
 んー、今度香港へ行くとしたらまた年明けかなー、でも仙台から台湾にも行けるから零食皇后様を誘って台湾へ行こうかしら、なーんて思いながら眺めていたら、「仙台発着香港直行便7.9万円」の文字が。
 …え、仙台発着?香港?ってことは、4年前のSARS流行で撤退した香港ドラゴン航空の仙台便が復活するの?と思いググッたら、キャセイのプレスリリースにたどり着きましたよ。

 うわーやったあ!これでわざわざ上京しなくても香港に行ける!
 
憧れの「到着ロビーの許留山で待ち合わせね」もできる!
 しかもキャセイとのコードシェア便だからキャセイ機の可能性も高い!(それはどーだか)

 …でもさすがに毎日就航じゃないのね。月・木・金朝仙台発香港着、水・木・日午後香発仙台着なのね。ちなみにフライト時間は仙台→香港で約5時間35分。この春、仙台から名取市の仙台空港まで最速20分で乗り入れする仙台空港アクセス鉄道も開通し、空港に行くには便利だけど、仙台には香港便がないからなーなんてガッカリしたのが嘘みたいだわ(なんじゃそりゃ)。

 実は仙台空港は二度利用している。1回目は中華航空機チャーター便利用の台湾ツアー(香港映画サークル有志で行った)、そして7年前にドラゴン利用で香港へ。
 当時のドラゴン機はとっても小さくて機内アミューズメントがまったくなく、同行の友人はさっさと寝てしまったのでこっちは暇になってしまい、これなら本かCDプレイヤーでも持ってくればよかったと後悔し、帰りの便では急旋回がきつくてビックリした(到着して吐いていた人もいたよん)ことを覚えているけど、まさか今も操縦がスリリングなんだろうか?

 
それはともかく、ここ最近は長期の休みに5泊以上行くよりも、連休をうまく利用して仕事合間に行く機会が多いので、新幹線移動代が高くつかずに空港に行ける仙台から飛べるようになったのはホントにありがたい。早速来年の2月連休(旧正月にかかるか?)か3月末の年度末休暇で香港行きを計画しようかな。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

今日のヴェネチアは《色、戒》プレミアの日

 …でもまだ、映画祭公式HPには詳報がアップされていないのね。それはそうか、正式上映は日本時間でおそらく未明の頃だし、今日一日が終わらないとアップできないか。

 nancixさんのところでプレス試写のことなどの情報がありましたが、評判は…。あ、まぁ、気にしないでおこう。明日早起きしてネットサーフィンしたら、いろんな情報が出てくるんだろうな。あと、河北新報ではカンヌに続いて齋藤敦子さんがレポートを書かれているので、明日か明後日あたりに取り上げられるんじゃないかな?

Lustcaution

| | コメント (0) | トラックバック (0)

明日からヴェネチア映画祭。

…………。

 あ、この間より暑くないけどボーっとしていました。こんにちは。

 いよいよ明日からヴェネチア映画祭。でもヨーロッパだから時差があるのか。いつも表記を「ヴェネチア」か「ベネチア」かどちらかで迷うんだけど、中国語だと「威尼斯」だからいいか。ってよくわからない理由だね。『ラスト、コーション/色、戒』は早速2日目の夜に2回上映か。…うわ、その直前の上映は“Glory to the filmmaker!”だよ。ちなみに当日深夜上映にはミシェル・ヨーの“Far North”も上映されるのか。
 姜文監督の《太陽常照升起》は9月3日(ジャ・ジャンクーのオリゾンティ作品《無用》もこの日だ)、李康生監督の《幇幇我愛神》は4日上映。そして、閉幕電影の《天堂口》は8日夜、授賞式の後に上映。
 ところで6日の深夜に“Surprise Film”が上映されるんだけど、ここでもしかして、青雲が言っていた杜先生の《神探》が上映されるのかな?
 中華電影以外に個人的には9月1日深夜に上映される『ブレードランナー:ファイナルカット』にも興味があるなぁ。でも深夜か、うーん。
 ともかく、30日にはヴェネチア入りしていなければな。

 …って以前の口調バトンを引きずって、梁朝偉の口調(もちろん空想上の)でまたエントリを書いてみたりするのであった。
 あ、今年のヴェネチア記事、全部この口調で書こうかしら。…ってこらこら、やめとけ自分! 

↓3年前のカンヌの時の写真。ヴェネチアにカリーナは来るかな?家衛は来ないと思うが。

Aftercannes

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『eason 4 a change&hits』陳奕迅

 以前記事に書いておきながら、ずーっと書けなかったイーソンのこれについて。
 いや、決して忘れていたわけじゃないんだよ(苦笑)。ごめんねー(って誰に謝っているのか>自分)

Eason4achangehits  Eason 4 A Change&Hits

 イーソンを初めて知ったのは、お懐かしや『香港明星花花街市』「明星新人類」。その前あたりからパソ通のFMVASIA周辺で話題に上がっていたので名前は早く知った次第。当時はニコやステや彦祖が香港で人気で、日本ではまだ『ジェネックスコップ』も上映されていなかった頃。セシリアもこの頃デビューしたんだけど、まさかこのときはニコと夫婦になるとは思いもよらなかったよ…。ニコはフェイと噂になっていたんだもんね。
 ってなにニコ話してるんだよ自分。それでもまったく無関係ではないんだよね。この二人は仲良かったもんねー、こんなコスプレしたくらいだし。

Nicoeasonpuffy
 二人とも、これでも今は父親だよ…(笑)。この写真、いずれは愛娘ちゃんたちに見せるのか?

 ともかく、イーソンといえば愛嬌のあるルックスに伸びやかな歌声が魅力なのかなーというのがもとはし的認識。學友さんのときにも書いたとおり、ワタシは映画メインで明星を見る人間なので、彼は確かに同世代の明星と比べてもハンサムって感じじゃないし、映画は主演も助演もうーん…ってうなってしまうし(ちょっと待て、『エンター・ザ・フェニックス』はどうなんだ?あと、彼の主演映画では『神経侠侶』が一番いいと思ったけど、それでも脇のジャンユーに食われているんだよね)で、歌手としては実はきちんと聴いてはいないんですよ、ホントにすみません。
 中華歌星で一番いいのは月並みだけど學友さん、その他はというとサラ・チェンやサンディと、どうしても女子に行ってしまうし、最近じゃジェイや宏や南拳などの台湾歌星ばっかり聴いているので、さらに香港ポップスが聴けなくなっちゃっているのよね。…これまたホントにスマン。
 で、このアルバムは今から5年前に出たアルバムで、おそらく弟も留学時代に聴きまくっていたんじゃないかと思ったんだけど、改めて聴いてみて、ああ、これがイーソンの魅力かーと気づかされるところがいろいろあった。
 例えば、歌い方から感じるにいかにも純情そうな男子といったキャラクターと、実は海外で本格的に声楽を学んだ実力派であるという面、そして既存のメロディを美味くアレンジして自分のモノにしているということも印象的。確か弟は、ベートーベンの『エリーゼのために』をバックトラックにした『給愛麗絲』を誉めていたけど、『未知との遭遇』のあのテーマを取り入れた『第一類接觸』、『ツァラトゥストラはかく語りき』を使った『2001太空漫遊』も面白かった…ってゆーか、ちゃんと許可は得ているんだよね?(苦笑)もちろん、実力派なら必ず通らなければいけないスローなバラードも難なくこなしているし、なにより自分で作曲する人間だからちゃんとしている(ってそれじゃ他の歌星がちゃんとしていないみたいだな。語弊があるのは承知です)。
 今まで聞かなかったのはもったいなかったかな、と思い、北京語のアルバム(これこれです。ちなみにリンク先はyesasia.)も聴いたのだけど、…あーやっぱりイーソンは広東語の方がいいや(爆)。

 長年ラブラブだったヒラリー・ツイちゃん(『裏街の聖者』でホイホイが惚れる白血病患者の子でしたね)を妻にし、ジャケットにしてしまうくらいかわいい娘さんをもうけた彼だけど、今度香港に行った時は最新のアルバム(もちろん広東語版)を買ってもいいかなーと思った次第。家族を得て幸せいっぱいな彼の今の歌声がどうなっているか知りたいもんだわ。
 ところで今、彼とニコとの仲はどないなもんだろうか…。いくらお互いパートナーを得たとはいえ、ニコんとこにもこの間娘さんが生まれたし、先輩パパとしてプライベートであれこれアドバイスしてくれていると嬉しいよなぁ(笑)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『Life is like a dream』張學友

『Life is like a dream』張學友
 しばらくシリアスめな中国ネタが続いたので、久々に香港ネタを。ちょうど香港で學友さん演唱会も始まったことだしねー。
 
 6月の演唱会以来、學友さんの旧譜を聴きこんでいたんだが、思いたってyesasiaでこのCDと『雪狼湖』サントラを買ってみた。いざ届いてみてビックリ。
「…あれ?アタシいつ間違って写真集を注文したんだ?」
 いや、それは決して間違いなんかじゃなく、本の一番後ろを見たらちゃんとCDがついていたので安心したわけなんだが。
 写真集の撮影は我らがウィン・シャなので、当然頭からしっぽまでバッシバシにフォトジェニックな學友さんで満載。この頃(3年前)は茶色に染めていたのかー。

 このCDは學友さん自身も演唱会で話していたけど、初めて全曲を作曲(うち4曲は作詞も)したというアルバム。もちろんセルフプロデュースしているし、歌は全曲広東語。『在[イ尓]身邊』のような北京語アルバムでももちろん聴かせてくれるし、北京語使いとしては一緒に歌いやすいけど、彼はやっぱり香港人だから広東語の歌の方が馴染みあるもんなぁ。
 オープニングの『勇敢的故事』からいきなりハイテンション(ヒーローものの主題歌みたいな雰囲気だなー)で、前半はいかにも彼らしいロックテイストなナンバーが続いて楽しい。もちろんそればかりじゃテンションも持たないので、ラテンな味わいも加えながら変化にも富んでいる。
 そして7曲目の『給朋友』。梅姐やレスリー、そして逝ってしまった人々に捧げる歌として演唱会で歌われたこの曲から後半はしっとりとしたナンバーが続く。改めて原語の歌詞を見て、切なくなったのはいうまでもない。ラスト2曲は奥様に捧げられた『講[イ尓]知』と上の娘さんへの『揺揺』で、もちろん演唱会のことを思い出して聴いた次第。

 日本では自ら歌を作って歌うソングライターが多いけど、香港や台湾では少数派なのかなーという印象がある。今でこそ台湾にはジェイのようなソングライターな歌星も登場してきているけど、香港でトップスタークラスだと実際まだまだ…だよね?(アンディ先生はどうだろう?ごめん、歌はマジメに聴いていないのでよくわからないのよ)個人的にもソングライタータイプの歌い手が好きなこともあって、このアルバムでの學友さんのチャレンジには好感を抱いたりするのだ。

 で、同時に買った『雪狼湖』はただいま聴きこみ中。
 …ああ、聴いてるとやっぱり舞台が観たくなってしょうがないなー(苦笑)。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

『〈鬼子(グイヅ)〉たちの肖像』武田雅哉

 実はワタシが未だに『マッスルモンク』を観られないのは、セシリア演じるヒロインに日本兵の亡霊がとりついているだかなんだかという設定があることにもある。また、リンチェイと金城くんの『冒険王』では、日本軍が敵役として登場し、ラストで日本の敗戦が未来像として、おそらく米軍が記録したのであろう敗戦直後の焼け跡の中での日本人の姿が映される。それを観た時に心が痛くなってしまい、やっぱり香港人はかつて一時的に日本に占領されたことがあるから、実は日本に恨みを抱いているのだろうかなんて考えてしまったのだ。
 もっとも香港映画での、特に戦前・戦中期を舞台にした作品での日本軍の扱いは、ハリウッドでのナチス・ドイツ軍と同じようなものだといわれているから、思い入れはそれ以上でもそれ以下でもないのかもしれない。日本の戦争映画ではひたすら己の内面を描き、敵を描かずに終わるから、そういうものに慣れていないってのもあるし、実際自分もイーストウッドの硫黄島二部作を観て、今までの戦争者への偏見をなくしたから、違和感を抱いたり悲しく思ったのは仕方がないのかもしれない。

 しかし、中国映画では違う。戦時中を舞台にした映画では、日本軍は徹底的に憎むべきとして描かれる。張藝謀の監督デビュー作『赤いコーリャン』でもクライマックスに日本軍が酒屋を襲うシーンを入れているし、彼が撮影を担当した『一人と八人』も抗日戦争の話だから、悪役日本兵が登場する。このへんの作品を観ると凹むのだが、中国当局から、映画における日本兵をひたすら残虐な殺人鬼として描くように指示されるという。その証拠に『覇王別姫』で登場した芸術を愛する日本軍将校や、『鬼が来た!』で香川照之が演じた日本兵との人間くさい触れ合いなんかは非難されて、後者では姜文さんに7年間の映画活動を禁じたってくらいだ。でもその後彼は役者としては活動できたから、映画制作の禁止って意味だよな?…それで今年やっと新作をヴェネチアに出品できるのか。
 それはともかく、2年前に大々的に報道された反日デモやアジアカップの際の暴動で、多くのパンピー日本人の間に「中国はイヤな国だ」というイメージがすっかり染み付いてしまい、その影響は今にも及んでいるんじゃないのだろうか。ここ最近じゃアメリカ当の報道から始まった中国製品の「毒」騒動なんかもそうで、ただでさえプロパガンダな中国報道を真に受け、それよりも大げさに日本国内で報道されたことで、なんとなく「中国製品はすべて毒」なんて思いこみがついちゃっているんじゃないの?いや、別にアタシは中国の肩を持つわけじゃないけど、マスコミやネットの情報に踊らされるのは愚かだよなーって思っちゃうもんで。ワタシの住んでいるところなんて田舎だから、中国語を学んでいることや中華芸能が好きなんていうとものすごく物好き扱いされるし、数年前に外国人窃盗団が地方を襲っていた時期には、なぜかアタシに「日本で一番犯罪が多いガイジンって中国から来てるんだってねー」なんていう輩がいて、だから何なんだ?たって気もしたんだが、異端扱いされてしまうのはしょうがないと思う。それでも韓流と一緒くたにされると悔しいのだが、それはまた別の話として。



なんだかますます前置きが長くなってきて申し訳ないけど、この本では、日本人を〈鬼子〉と呼ぶ中国人は、これまで当の我々をどう見てきたのか-というのを清朝末期に発行された絵入り新聞『点石斎画報』の日本人についての記録を手がかりに追っていくものである。この新聞、もともとはイギリス人によって発行されたものの、中国人向けのメディアであるので、当然執筆は中国人である。それゆえに日本人の描き方に違和感があるんだけど、それは同時期(江戸末期~明治初期)の日本が画報で描いたガイジン-特に西洋人の姿に通じるものがあると考えればなんとなく受け入れやすいような。
 ここに書かれる日本人ネタの面白いこと。もちろん「それってどーよ」とつっこみたくなるネタも多少あるけど、この『点石斎画報』、ノリとしては東スポというか、現代風にメディアを変えれば、某『○界ま○見え!』に通じる世界ビックリニュース的な扱いで見られているのである。なーんだ、時と場所が変わっても、人はビックリネタが好きなんじゃないか!って思うと、思わず大笑いしてしまう。
 しかし、ふと思った。中国側が日本軍のことを非難する時によく「日本鬼子は無抵抗の人々を殺し、妊婦の腹を引き裂いて胎児を引き出し、殺戮をほしいままにした」と言うけど、そういえばその描写は『三国志』や『史記』などの日本語訳を読んでも普通にでてくることであるということ。いや、だからと言って別に中国人が残虐だってわけじゃなくて、冷静に考えれば中国文学の描写は過大な比喩表現に満ちているから、殺した野が事実としてもそんなに残虐じゃないだろうと一歩引いた見方をしなければいけないのかもしれない。
 戦争で犠牲になるのはいつでもどこでも名もなき人々であるし、中国でも日本でも罪のない人が戦争のせいで殺されている。いくら負けても命があれば生きられるのに、自決を強要するまで死ぬのもやはり愚かなことだ。靖国神社の戦犯合祀とか従軍慰安婦問題やらでまだまだ先の戦争のことが尾を引いていたり、憲法改正問題で日本も軍隊をとかなんやらと、この夏もまだまだ戦争に繋がる問題を考えさせられたものだが、なんのかの言っても悪いのは現在の国とか昔を知らない人間などじゃなくて、戦争が一番悪いんだとしかいいようがないし、それを起こそうとする暴力もいやだ。だからワタシは反戦主義なのだ自分のサイトのトップページで掲げているのである。

 …なんだか妙に熱くなってしまって、自分もまだまだ青いなー。たまたま読んだ時期が今だったこともあって、ついついシリアスに考えすぎちゃったんだけど、それを抜きにしてもかなり興味深い本ですよ。著者の武田雅哉さんは北大(もちろん北海道大学)大学院で中国文学を教えている方だそうですが、著書には図像から中国に迫るというものが多く、近著の『楊貴妃になりたかった男たち』もちらっと読んだ限りではかなり面白そうざんす。これも読んだら感想書きますね。 


 …しかし、相変わらずまとまりのない感想で申し訳ない。今日の記事には多少政治的に感じられる言葉があるかもしれないけど、そのへんに関するツッコミや横道誘導はこのblogではできませんので、まぁこんなことかと流しておいて下さいまし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

クレイジー・ストーン(2006/中国)

  ダサい!
 かっこ悪い!
 でも面白い。


 『モンゴリアン・ピンポン』のニン・ハオ監督と、大プロデューサーアンディ先生のフォーカスが手を組んだ『クレイジー・ストーン』ってこんな映画。

 四川省重慶にある破産直前の工芸品工場のトイレから高価な翡翠が発見された。謝工場長はこれをビジネスチャンスとみて市内のお寺で翡翠の展示会を決意し、元警官の保安主任包(グオ・タオ)に会場の警備を依頼する。工場長から給料を貰えず、さらに前立腺炎に悩まされている包はしぶしぶ任務に就く。翡翠を狙うのは、市内で引越し業者を装っては空き巣を繰り返す道兄貴(リュウ・ファ)とマヌケな子分のこそ泥トリオ、工場の跡地と翡翠を一緒に手に入れたい不動産業者が雇った香港から来た怪盗マイク(テディ・リン)、そしてほれた女性(実は道兄貴の愛人)の気を引きたくて翡翠を欲しがる工場長のドラ息子。一見完璧に見えて隙だらけのセキュリティをかいくぐり、翡翠を手にするのはいったい誰か…じゃなくて、果たして包はダメダメのセキュリティと前立腺炎の二重苦を克服して翡翠を守れるのか?

 個人的には、中国映画に“洗練された”という単語はないと考えている。もちろん、美しい作品はないこともないのだが、美しいと洗練はたとえ似ているところがあったとしても、ものすごく遠い。とにかく、ダサいとか泥臭いとかいう言葉しか思い浮かばない。
 しかし、この映画に関しては、「ダサい」はほめ言葉として捉えたい。むしろ「洗練」に近いくらいの位置にある言葉ととってもいいと思う。そういってもホントの意味でダサいのは事実であるが。
 なにしろ物語の舞台からしてダサい。四川省省都の成都ではなく、第二の都市(といっても直轄市)重慶。まーこの都市は歴史的には重要な場所ではあるのだろうが、工業都市としても上海などからも比べて発展が立ち遅れてしまったという。大気汚染もひどいそうで、それはダサいというよりかわいそうといった方が正しいんじゃないか?とwikipediaの重慶の項目を見て思ったくらいである。
 そんな重慶を揺るがす大事件がでっかい翡翠の発掘。これまたダサいし、トホホな状況に追い込まれた人々がその翡翠を手にすべく悪戦苦闘する。さらにダサい。欲望をむき出しにして翡翠強奪計画をたくらむ人々は、どんなに用意周到な計画を講じても、どっかで必ずヘマをしたり、偶然が呼んだ悲劇(本筋以外でも最初からその“偶然の悲劇”が頻繁に登場する。そのくだりにどことなく伊坂幸太郎の初期作品に通じるものを感じたけど、これもまた偶然よね)に巻き込まれる。道兄貴の三人組はもちろんだが、香港帰りのカメラマンを名乗りながら次々と女性に振られていくドラ息子や、クールに登場してみっしょんいんぽっしぼーなアクロバットにまで挑む香港のプロ強盗マイクまで思わぬ詰めの甘さで悲劇に見舞われる。とにかくみんなかっこ悪い
だけどこれが面白いのは、やっぱり脚本のうまさかなぁ。些細な出来事が次々と連鎖して悲劇を呼ぶ喜劇をベースにしたストーリーテリングの他、妙なところで感じさせられる大プロデューサー様の影(笑。繰り返し流れる『忘清水』のサビや三人組の一人が「これはバレーノだぜ」という言葉など)も面白い。そして『モンゴリアン』にも感じた、いつも小さなことから始まる人々のとんでもない大騒動を一歩下がってみることで、現代中国社会を皮肉っぽくというよりは客観的にみて笑うという意外と冷静な視線があるってことが、この監督の作品の特徴なのかもしれない。
 …なんて最後はまじめになってしまったかな。

 いずれにしろ、このダサさは意外とクセになるのだ。是非一般公開もしてほしいなぁ。

原題:瘋狂的石頭
製作総指揮:アンディ・ラウ 製作:ダニエル・ユー ハン・サンピン 脚本&監督:ニン・ハオ 音楽:ファンキー末吉
出演:グオ・タオ リュウ・ファ テディ・リン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『珍妃の井戸』浅田次郎

 帰省中の新幹線と、横浜行きの電車の中で、浅田次郎の『珍妃の井戸』を読了。すいすい読めたので嬉しかったわ。 

 義和団事件から2年経ち、列強諸国が入り込んだ清朝末期の北京。その混乱のさなか、光緒帝に寵愛された美姫、珍妃が非業の死を遂げた。彼女は誰かに殺されたに違いない…。謎の中国女性からその噂を聞きつけた英国海軍提督ソールズベリーは、ドイツのシュミット大佐、ロシアのペトロヴィッチ公爵、日本の松平忠永教授とともに珍妃殺人事件の捜査に乗り出す。NYタイムズ記者に始まり、珍妃に係わりのあった人々-光緒帝の側近だった宦官の蘭琴、袁世凱将軍、珍妃の姉で同じく光緒帝の側室だった瑾妃、彼女に仕えている宦官の劉蓮焦、そして帝位を剥奪された満洲皇族の溥儁の証言を次々ととっていくソールズベリーたち。しかし、誰の証言も見事に食い違い、真相はますます藪の中に入っていく。それならば彼女に一番近い者の発言に真実があるのでは、と気づいた4人は、西太后の手で幽閉された光緒帝に会いに行くことにする…!

 今評判になっている邦画『キサラギ』のような倒叙もの(実は傷城もミステリ的にはこのジャンル)の形をとり、しかも関係者の証言がみな食い違うのはご存知『藪の中』からかの『英雄』でもお馴染な方式。このような推理小説スタイルで書かれるのは、光緒帝の愛妾・珍妃の死の真相。中国史の通説では、彼女は西太后に殺されたことになっていて、中国関係の人々(中国人に限らず)の間では常識ともいえることらしい。しかし、その定説にあえて異を唱え、真相ははっきりさせなかったとはいえ、ある事件を複数の視点で見ることから、定説とは違う物語を浮かび上がらせるストーリーテリングはうまい。

 日本人の書く中華小説といえば、北方謙三氏の『水滸伝』や田中芳樹氏の明代までを舞台にした小説(ごめん、両方とも読んでない)、武田泰淳の『十三妹』くらいしか思いつかず、どうも馴染み深くなかったこともあるんだけど、『ラストエンペラー』などのイメージもあるので、浅田氏の中華小説はイメージがしやすいし、実際面白く読めた。
 あと、彼の小説では、いわゆる歴史上の悪役に光をあてていることもあり、そのへんにおいても興味深いものがある。『蒼穹』では稀代の悪女といわれる西太后を人間くさいおばさんとして描き、昔の映画にあった“側室の手足を切って生きたまま酒樽に漬ける”なんて残虐なイメージを吹っ飛ばしてしまったものだっけ。ここでは、各人の証言によって説明される人物像が重層的に描かれ、例えばある者が瑾妃を犯人と呼び、その残虐非道さを語れば、別の者はそれをまるっきり否定するといった具合。これは先に書いたように、歴史的事実を複数の視点から見ることで、新たな真実を知ることと同じ。ここでは袁世凱の意外さが見えて面白い。各登場人物への個人的評価はとりあえずおいといても、こういう見方も悪くないよね。 

 浅田次郎の中華小説といえば、なんといっても『蒼穹の昴』。これは10年くらい前に読んでいて、レスリー&家輝主演で映画化なんてどーだろう?なんて思ったことがあったりする。あ、思っただけですので、念のため。この小説の主人公、若き宦官の春児こと李春雲と、彼の義兄弟である蘭琴も続けて登場。これを読んだら、読み返したくなったのはいうまでもない。

 そして現在刊行中の『中原の虹』。これは清朝滅亡を描いているとのことで、完結したら読みたいかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

真夏の中国茶三昧@横浜

真夏の中国茶三昧@横浜
 毎夏恒例の恩師訪問@横浜を済ませ、中華街の悟空でお茶しています。
 飲んでいるのは黄金桂。
 近くのテーブルでは学生さんグループが英語で日中友好を深めていたりして賑やかざんす。

 しかし、暑かった…。真昼の中華街も、さすがにこの暑さでぶらぶらしている人が少なかったですよ。茶館は大賑わいでした。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

真夏の中国茶三昧@盛岡

 実家に帰る前に、毎年恒例の真夏の中国茶会(by小香さん)に参加。昨年はこんな感じでした。
 今月のテーマは「暑さを楽しむお茶会」

真夏の中国茶三昧@盛岡

 今日のお茶会で重要な役割を果たしたミント。

 先日、かなり久々にしゃおしゃんに行ったところ、そこでミントいり雲南黒プーアル茶なるものをいただきました。これが面白い味わいであり、他のお客様にも高評だったみたいで、今回のお茶会にもこの「ミント入りプーアル茶」が登場したのでありました。

真夏の中国茶三昧@盛岡

 今回ベースにしたのは、このところのしゃおしゃん主力作品となっている雲南青プーアル茶。小香さん曰く、ミントをいれて飲むお茶は本来はアラブの人々が好む飲み方らしいのです。ハーブが苦手だったり、中国茶に何か入れるのは邪道と思っちゃう人も居るかもしれませんが、ワタシはハーブティーも好きなので、抵抗なく飲めました。

真夏の中国茶三昧@盛岡

 アップルミント、オーデコロンミント、スペアミントのうち2種(アップルミントは葉っぱを見てわかったけど、多分スペアミントかな)を写真のように湯に浸し、聞香杯のお茶に入れました。
 聞香杯で香りを聞くと、明らかにいつもとは違う感覚。ミットのすっとした香りが鼻や眼に新鮮。小さじ1杯だけ入れるので、青プーの味も殺してませんでした。あまり入れるとミントが強くなりすぎるのかも。

真夏の中国茶三昧@盛岡

地元老舗菓子舗のお茶菓子。うちわは最中の皮で、下の“なぎさ”は薄荷。

 2種目のお茶は5年前の千年古茶青プーアル・特別焙煎ヴァージョン。お茶の個性が出て来てるそうで、口に含んで飲むと胸にジワッと来た。(ちなみに前日、夜9時以降に巨大パフェを食べてやや胸焼け気味だったので、それをうけての感触なのか?)味も口の中にずっしり残る感覚があったけど、そんなに不快感はなかった。いいお茶になったという証拠かな。

真夏の中国茶三昧@盛岡

 締めはお楽しみ、小香さんお手製の中華スウィーツ。今年は紅豆[艸/意]仁氷。小豆とはとむぎに、練乳カキ氷をあえたもの。台湾で出されるもののだいたい4分の1くらいの量だけど、これくらいで充分かな。
 鳩麦は筋肉のこわばりをほぐし、腫瘍抑制作用と肌の老化防止にいいらしい。小豆はむくみとりに効果あり。もっと暑くなれば緑豆もあいそう。

 そんなわけで、今年も大いに楽しんだ中国茶会でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

傷城ハリウッドリメイクも、アンドリューさんにやってもらえれば。

 こんばんは、ちょっとしたトラブル(と言ってもカ〇ソリ〇けだが)で手足に湿疹と炎症を起こしてしまい、それを治すために内用薬を飲んでいますが、それがあまりにも眠気を誘うので「最近妙に眠いのよぉ~」と“ひとり淑珍ごっこ”をしているアホなもとはしです。
 いかん、このまま眠ってしまっては正煕に〇〇〇…なんてことはないっすね。絶対あってほしくない。

 アホ丸出しの前降りはともかく、日曜日にアンドリューさん初の米国映画『消えた天使(The Flock)』を観た。こっちでは傷城は7月最終週で終わったんだけど、大都市圏では先週までやっていたのだから、よく考えればこの夏はアンドリューさん作品が2ヶ月続けて上映されるって計算になるのね。とはいってもこの映画、実は本国より早い世界初上映らしい。…ってことは香港でもまだなのか!なんで?と思って映画を観たら、その理由がなんとなく納得した次第。

 この映画、“アンドリューさんのハリウッドデビュー作品”とは銘打たれているものの、配給クレジットには地球も山も自由の女神も映画スタジオもサーチライトも登場しない。非メジャー会社の配給だったのね。
 オープニングは冬のニューメキシコ州の荒野を走る車のシーン。その映像は時々揺らめき、たちまちデジャヴュを引き起こす。その車に乗るのは主人公のエロール・バベッジ(リチャード・ギア先生)。彼は性犯罪を起こした者を監視する州の監察官で、警官ではない。性犯罪者のひとりの定期訪問に来た彼は、最初は冷静に尋問していたが、突然豹変してボコボコにしてしまう。そーいえば傷城でもこんな場面があったなぁ…とまたまたデジャヴュが(笑)。
 18年の監察官生活を終えるバベッジの後任者にして彼の最後の事件のパートナーとなったのが、元不良少女のアリソン・ラウリー(ラウじゃなくてよかった…ロミジュリのクレア・デインズ)。彼女はこのベテラン監察官の、性犯罪に対する凄まじい執念にただただ圧倒される。バベッジは監察官になったばかりの頃、とある女児誘拐殺人事件に関わったのだが、女児を生きて帰させることができなかったことが傷になり、性犯罪を起こした者を激しく憎んでいたのだった。そんな矢先、女子大生が誘拐される事件が発生し、バベッジは州のリストにある性犯罪者の誰かがこの事件に関わっていると直感する…。

 バベッジがあまりにも激しく性犯罪者を憎んでいるので、彼の家族がその毒牙にかかって命を落としたのかと最初は思っていたのだけど…。でもそうしたらもっとドロドロな話になっていたのかもね。
 しかし、アンドリューさんもチャレンジャーだ、と改めて思った次第。こんな危ないネタ(しかもただの性犯罪じゃなくて異常性愛によって起こる犯罪だ)、誰も映画化しようと思わなかったのではないのか?傷城以上にえぐい場面も多いので(さすがに人〇ミ〇チは登場しないけど、それに近いようなものが多少…)、ダメな人はダメでしょう。そんなえぐいネタでありながら、身も蓋もなく殺人が起こるわけじゃないし、ちゃんと犯人は見つかるので、とりあえずモラリティは守られたんじゃないかな。

 あーでも、ちゃんと映画になってましたよー。香港人監督が必ず通るジャ〇=ク〇ー〇・ヴァ〇・〇ム主演のオレ様アクションとは全然違う、、無間道や傷城につながるお得意のスリラー映画だったし。初の非中華映画だった『デイジー』よりも格段にいい出来でしょう。あれはもろに韓流狙いって感じだったもんなー、いま思えば。
 てなわけで、ねーねーレオ、せっかく傷城リメイク権手に入れて、アンドリューさんも米国映画デビューしたんだから、オリジナルの監督にリメイクもメガホン取ってもらったらどーかね?そして決してスコに撮らせるんじゃないのよー(爆)。

 …って、結構冒険っぽい発言だったかしら?皆様の反論、お待ちしておりますm(_ _)m。

 最後に一言。アヴリルちゃん、オマエはそんな役柄でホントにいいのか!

| | コメント (0) | トラックバック (2)

ジャスミンの花開く(2004/中国)

 チャン・ツーイーはアジアンビューティーである。それに文句はない。
 しかーし、『夜宴』の感想でも書いたけど、そうであってもどーしても彼女に文句をつけたくなる要素はいっぱいある。
 例えば、イーモウが演出する“らぶらぶ邪念”満載の彼女の役どころ。『グリーン・デスティニー』『MUSA』そして『夜宴』で見られる、鼻っ柱が強くて自分の意思を押し通す、というよりはそのワガママさが元凶で周囲の人がどんどん死んでいくファム・ファタール以前のじゃじゃ馬娘役。仕事を選んでいるのかどうかが非常に気になるハリウッド映画での演技(『ラッシュアワー2』『SAYURI』など)。そして、カンヌやオスカーや公式行事で披露してくれるツッコミがいのあるやる気マンマンなドレス姿。毎度書いているけど、華人ならやっぱりチャイナドレスを着ようよ、謙さんのご夫人はオスカーのレッドカーペットで和服着ていたしさぁ、って思っちゃうんだけど、どーかなぁ。

 そんなふうにツーイーには多少「それってどーよ」と言いたくなる気分があるんだけど、だからと言って彼女が嫌いってわけではない。数多ある作品の中でも、時々いいと思う演技をしてくれることがあるからだ。最初にそれを思ったのが、金像で主演女優賞をゲットした『2046』の演技(あれ、『初恋のきた道』は?ってのはいいっこなし)。
そして、先日新宿で観た 『ジャスミンの花開く』は久々のツーイーの熱演に好印象をもってみていた次第。

1940年代の上海。写真館を営む母(陳沖)と二人暮しの少女茉(ツーイー)は映画が大好きで女優に憧れる少女。しかし、娘に店を継いでもらいたい母は彼女に映画を観に行くことを禁じる。そんな彼女はある日、映画会社の社長孟(姜文)にスカウトされ、芸能界に足を踏み入れる。孟社長の寵愛を受け、芸能界でたちまちスターとなる茉。しかし妊娠が発覚し、孟社長との子を身ごもったことで社長の態度が急変。堕胎を進めるが彼女は拒否する。その次の日、上海に日本軍が侵入し、社長は会社を解散して茉を置いて香港へ逃げる。身重で実家に帰った茉は、母が新しい恋人として知り合いの理髪師を家に連れこんでいたことに驚く。やがて茉は女児を出産し、彼女に莉と名づける。同居生活はしばらく続いたが、ある日茉は母の恋人に襲われ、それを目撃した母は黄浦江に身を投げて自殺する…。
 文革前夜。成長して大学生となった莉(ツーイー)は、同級生の傑(陸毅)に憧れる。共産党員である傑は学生たちに労働の重要さをアピールし、莉も彼に同意したことで二人は急激に接近する。写真館を継いだ母茉(陳沖)に傑を紹介した莉だが、傑は茉をブルジョワと言う。やがて莉は傑と結婚するが、裕福に暮らしてきた彼女は労働者の家庭に馴染めない。我慢しきれなくなった莉は実家に戻るが、彼女を追って傑がやって来る。二人は写真館で生活し始めるが、莉が子どもを産めないことがわかり、二人は養女をとることにする。傑は花と名づけた娘を溺愛するが、夫の愛が娘に移ってしまったと思い込んだ莉は、いつか二人が男女の関係になってしまうのではないかと疑うようになり、それが悲劇を呼ぶ…。
 やがて中国が改革開放に向かおうとする80年代前半、両親を失った花(ツーイー)は祖母の茉に育てられて成長する。祖母に内緒で恋人の杜(リウイエ)と結婚した彼女だが、杜は遠くの大学に進学して離れ離れになってしまう。4年後、大学を卒業して上海にやって来た杜は、就職に失敗して日本の大学院に進学することを花に告げる。彼の言葉を信じて待つ花だったが、杜が日本からよこしたエアメールには、別れの言葉が記されていた。そのときすでに、花の胎内には彼との子どもが宿っていた。一度は堕胎を決意したのだが、結局産むことを決意する。やがて祖母の茉もこの世を去り、一人ぼっちになった彼女は雨の夜の路上で産気づく…。

 監督のホウ・ヨンさんは、張藝謀や田壮壮監督作品でカメラマンを務めてきた人だそうで、画面構成は非常に美しい~。特に第1話でのオールド上海の雰囲気は最高でした。ツーイーと陳沖がまとうドレスも美しいし。やっぱりツーイーはチャイナドレスがよく似合うよ。
 しかし、そんな華やかさと裏腹に、茉の少女期は波乱万丈である。華やかなスポットライトを浴び、ハリウッドのスターのような社長に愛されたはいいが、妊娠した途端に捨てられ、せっかく身を挺して守った実の子を愛することができずにかつていた世界に心を残す。幸運の赤いあざを額に持って生まれた娘の莉には幸せになってほしいと願いをかけても、彼女も、そして養女としてやってきたその娘の花もとことん男運に恵まれない。さらに莉の身には最大の悲劇が起こるわけで…。なんかそれ、身も蓋もないのでは?
しかし、そんな「男運のない三代の女性」話なのに、辛気くさいとも気が滅入るようにも思えなかったのは、ツーイーも陳沖も好演していたし、彼女たちが男に去られても幸せを手にしようという生き方をしていたからか?
 この映画ではチャイナ服からメガネ女子までいろんなツーイーが楽しめるのでお好きな方にはたまらないだろうけど、その七変化ぶりというか、どーよって感じのイケイケっぽさもなく、イヤミにならなかったのでこっちも安心して観られた。でも彼女を軽く超えていたのはやっぱり陳沖。『胡同のひまわり』の極めてフツーなお母さんから一転、非常に印象的な二人の母親を演じていて、特に第2話以降で演じる茉の壮年&老年期の演技はお見事。第2話ではツーイーがそのまま母親になったようなアンニュイさを漂わせ(そのせいかチャイナドレス姿も色っぽい)、第3話では家族に起こった悲しみをすべて背負い込んだ上で血のつながらない孫を大切に育てる優しさを見せる。これまで『ラストエンペラー』にハリウッドのB級アクション、そして『ツイン・ピークス』など、非常に広い範囲で彼女の演技を観てきたけど、この役以上に印象に残る役がない(苦笑)。トニーの妻を演じる《色、戒》がかなり楽しみになりましたよ。
 対する男どもは姜文さん、『七剣』の陸毅くん、そしてリウイエくんといいメンツを集めているんだが、どいつもこいつも…(-_-;)。特にリウイエくん、かわいい顔してそーゆー役柄かよ。あわねぇー(爆)。対照的に姜文さんのうさんくささすれすれにダンディなハリウッドスター気取りの社長はよかったわ。

原題:茉莉花開(Jasmine Women)
監督&脚本:侯 咏 原作:蘇 童 製作総指揮:田壮壮
出演:チャン・ツーイー ジョアン・チェン チアン・ウェン ルー・イー リウ・イエ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

もうすぐヴェネチア映画祭。

…………。

…………。

…。
 あ、ごめんなさい。この暑さでついボーッとしていました。

 もうすぐヴェネチア映画祭ですね。今年は、えーと、8月29日から9月8日?そうか、まだまだ夏が終わらない時期だね。今年も欧州は熱波がやってきているというし、僕も暑いのは得意ではないけど、この時期には気候が落ち着いているといいね。

 先週、ラインナップが発表されたね。日本からは何が出てるの?In CompetitionにMr.Miikeの“Sukiyaki Western Django”って映画が出るのか…。Mr.Miikeはクリスやジョシーやエディソンが一緒に仕事しているらしいけど、僕はよく知らないな。彼の映画は…何か観ていたっけ?
 そういえば、Out of CompetitionにTakeshi Kitanoの新作、“Glory to the Filmmaker!”が上映されるんだね。どんな映画だろう?この間のカンヌで彼の短編が上映されたとき、一緒にレッドカーペットを歩いた王家衛は「Mr.Kitanoは面白いヤツだったよ、あのウィッグは最高だね」と言っていたっけ。でも僕は彼の『花火』で観たあの空の青さが気にいっているから、そんな映画だったらいいなぁ。そういえば、候孝賢がかなり前に言っていたMr.Kitano主演映画の構想って、復活しないのだろうか。
 あとはOrizonttiでShinji Aoyamaの新作“Sad Vacation”が上映されるのか…。ところで最近、やたらとJoe Odagiriって名前を見かけるんだが、どんな俳優なんだ?以前『花様年華』が好きだって言っていたことと、張震や王力宏と同世代ってことくらいしか僕は知らないんだ。

 日本の話はこれくらいにしよう。本題はここからだ。
 今年は香港単独での出品がないのが残念だ。でも、『ワイルド・ブリット』をリメイクし、オリジナル版の監督呉宇森がプロデュースし、ダニエル、張震、孫紅雷、スー・チーが出演する《天堂口》(Out of Competition)には期待だ。あの作品が時代を超え、いかに甦ったかが楽しみだ。
 In Competitionでは、台湾から李康生監督作品《幇幇我愛神(字が違うかもしれない)》に加え、なんと《鬼子来了(鬼が来た!)》以来7年ぶりだという、姜文監督の《太陽照常升起》がエントリーしている。主演はもちろん監督。話題になっているのは成龍大哥の息子房祖名と黄秋生が香港から出演していることだ。しかし、どんな映画なのかは僕もよくわからない。
 さらにこれには陳沖が出演しているが、彼女の映画は2本Competition入りしている。もう一つは李安監督の新作《色、戒》(早速日本でもこんな記事で紹介されたらしい)。
 …これ、実は言わずと知れた僕の新作です。どうやら《赤壁》の撮影スケジュールを調節して、ばたばたとヴェネチアに行くことになりそうですが、いったいどうなるかはわかりません。ゆっくり過ごすことはないんだろうな。それにヴェネチアに東京みたいな美味しい寿司があるかどうかもわからないし。

 以上、梁朝偉でした。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 わーははははははは、(と書いて「もとはし」と読む)、参上!←流行のフレーズ(爆)

 数行前でいったい何が起こったんだと驚かれた皆さん、ホントにホントにすみませんm(__)m。実はこの記事、これも兼ねているんです!
 実はこれ、yonaさんから「素(す)のトニー・レオンの口調でエントリを書くべし」とミッションを受けた【口調バトン】です!いやー難しかった!なんかトニーって日本語に翻訳するとこんな感じで話しているのかな?いやホントはもっと口数少ないのでは?でも調子に乗ったらきっとペラペラまくしたてるんだろうな、なんてあれこれ考えながら書いたら、こうなりました(爆)。

 あ、いかん。口調が元に戻ってしまった。トニー、あと頼むよ(笑)。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 さて、バトンというからには、ルールがあります。ここでルールを説明し、僕から次に回す人を指名しましょう。

【口調バトン】

・絶対掟は守る事

・回された人は回してくれたキャラ口調で日記を書くこと

・日記の内容は普段書くものと同じで構わない

・回されたら何度でもやる

・アンカーを突っ走る事は禁止されている

・口調が分からなくてもイメージ。一人称もそのキャラのものにする事

・これ以外のバトンを貰ったら、その回してくれた人の名前もキャラなりの呼び方にする

・最後に回す人を絶対4人指定すること

 

では、お次のご指名を以下4名とします。

nancixさん→《色、戒》で僕が演じる易先生(全くの想像と設計封白で無問題です)

KEIさん→素(す)の劉青雲(どんな感じで話しているのか興味があります)

tomozoさん→ジャック・スパロウ(素のジョニー・デップでもいいかと思ったのですが、やっぱりこれにつきるのではないかと)

藍*aiさん→素の呉彦祖(KEIさんに同じく、どんな感じかなと思いまして) 

どうか、よろしく。「ヤダー(林貴仁風に)」はなるべく避けてほしいな。お願いね。

Tony_1126

| | コメント (8) | トラックバック (2)

『山の郵便配達』彭 見明

 我愛的中国電影之一是『那山 那人 那狗(山の郵便配達)』。
 最近我知道這本書文庫出版了。…変な中国語で申し訳ない。

 文庫の帯に曰く、「(前略)全国に感動が広がった中国映画の原作がついに文庫化。高校現代文教科書に採用された名作
 …知らなかった。高校教科書に採用されていたなんて!
 どこの教科書?と疑問に思い、「山の郵便配達 高校 現代文」でググッたら、筑摩書房の「精選 現代文」に収録されていたのを発見。ちなみに検索結果では、実際にこの小説を教材に使った全国の高校数校の指導シラバスファイルも引っかかって、うわーシラバス公開してるのねと驚く。いやー、高校現代文で扱われる中国文学なんて魯迅の『藤野先生』くらいだろーなんて思っていたけど、今やよしもとばななや村上春樹が掲載される時代だから進んでいるのね(当たり前だろう)。

 前置きはこのへんにしておいて、短編集であるこの小説の感想を各作品ごとにちょこちょこと。
 『山の郵便配達』。文章を読むと頭に浮かぶのは当然、郵便配達のお父さんと息子のリウイエくんの姿(笑)。映画に出てきた美人の女の子はオリジナルキャラクターと聞いていたんだけど、小説にも「赤い服の少女」というのが出てきている。…あ、でも、その少女はお父さんのお気に入りで、息子の嫁になってもらいたいと思っているというから違うか。映画の女の子は息子が自然とひかれる存在だったし。オリジナルといえば犬の「次男坊」も、原作では名無しの犬。しかし、犬視点で物語が語られるくだりもあるのは面白い。これは映像じゃわかりにくいものね。
 山の男の仕事を描いたのが『郵便配達』なら、次の『沢国』は湖で漁をする女たちを描いた物語。情景描写や言葉が美しい。日本語でもそう感じるんだから、原文はもっときれいなんだろうな。
 『南を避ける』は南の広東に憧れている愛娘をなんとかして行かせまいとあれこれかくさくする老父・老田の話。広州に行って働いたこの村の若い女は過労やなんやらで気がふれて帰ってきたり失踪して怪死をとげたりする、と説明されるくだりはかなりブラックだけど、工場の過重労働と人権無視の話は聞いたことがあるので、結構背筋が寒くなってしまう。また、老田が知り合いの任子牛の会社に行き、街のキャバクラ(!)で接待を受けるくだりには、著者の日本人イメージを中国人に反映した云々と述べられた解説の解釈よりも、やっぱり拝金主義のオッサンってこーゆーことやるんだな、って気分であきれたのであった。
 『過ぎし日は語らず』は豊かに育った主人公が、老いた師匠との日々を回顧する物語。舞台こそ中華人民共和国初期だけど、師弟関係は古代のそれとあまり変わらない印象。
 『愛情』は30歳独身の鉄道員と、感情が高ぶると心臓が止まって死んでしまうといわれる不治の病を持つ同年齢の女性の、「そんなバカな!」といいたくなる展開の恋物語。でも、ラストへのもっていき方はよかった。恋愛もの嫌いのアタシでさえ「ううっ」ときちゃったもんで。
 最後の『振り返ってみれば』は元カノの変貌に、もしかして娼婦でもやって稼いで行くのか?と怪訝に思う男が痛い目に合わされる話。これまた、現代中国への皮肉が込められた話。

 これらの物語は全て、作者の故郷である湖南省を舞台にしているらしく、表題作以外は、90年代に書かれた作品だとか。普通中国というと、どうしても北京や上海、またはチベットやウイグルなどの少数民族自治区を思い浮かべてしまうけど、この短編集で書かれている、古き生活と近代化が混在した姿が、案外今の中国を表わしているんじゃないかな、などと読み終わって考えてみた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年7月 | トップページ | 2007年9月 »