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楽日(2003/台湾)

 今でこそ、日本各地にシネコンがボコボコできまくって、数年前に比べたら映画館で映画を観る人も増えてきたとはいえども、ワタシが映画を集中して観始めるようになった頃の映画館といえば、大きなスクリーンに500近い座席、空調は悪くて外の音も漏れ聞こえるような古い映画館ばかりだったような気がする。その印象があってか、香港で映画を観る時も、シネコンよりもかつて信和中心の近くにあった、今は亡き南華戯院のような古くて大きな映画館を選んで観に行っていたような気がする。
 ワタシの住む街では、一つの通りに映画館が集中してある「映画館通り」があることで、映画の街として売り出そうとしているのだが、ここで暮らして10年以上の間、いくつかの映画館が消え去るのを次々と目にしてきた。座席が2階建てになっていた松竹系の映画館、変装までして興味本位で友人たちと足を運んだ駅前の成人映画専門館、思えばここで最後に観た映画が『無間道』だった東映の直営館、そしてワタシに香港映画の楽しみを教えてくれた、ビルの中の小さなスクリーンの映画館…。
その小さな映画館が移転改装した新しい映画館で、蔡明亮版『ニュー・シネマ・パラダイス』といえそうな(?)『楽日』を観て、ワタシはもう街からなくなってしまった数々の映画館のことを思い出していた。

 滝のように降る雨の日、今日は老舗の映画館「福和大戯院」の最終上映日。この映画の最後を見届ける上映作品は、往年の名作映画『血闘竜門の宿(龍門客賤)』。
 チケット売り場では脚の悪い女性(シャンチー)がいつも通りの仕事をしている。電気蒸し器でふかした大きな桃あんまんを半分に割り、映写技師に届けてやったが、彼は不在だった。
 この映画館をふらりと訪れた日本人青年(三田村泰伸)は、スナックをポリポリ食べる女性客や、いきなり自分の横に座ってきた男性客が気になって、妙に落ち着けない。映画の途中で2人の男が席を立ち、トイレに向かう。青年は劇場を抜け、迷路のような劇場裏をさまよい出す。そんな周囲の動きを気にせずにずっと映画を観ていたのは、孫を連れた老人(これが遺作だったという苗天)と彼から離れて観ていた老人(石雋)。この二人は『龍門客賤』に出演していたのだ。
 最終上映が終わり、まばらだった観客は全ていなくなる。チケット売りの女性が客席を掃除する。そして、仕事場だったチケットブースを全て片付ける。電気蒸し器を除いて。やがて、フィルムを全て巻き取り、映写室から技師(シャオカン)が出てくる。チケットブースにある蒸し器に目を留め、フタを開けてみると、半分に割られた桃あんまんが残っていた…。

 かつて中国語武侠映画の黄金期を支えた二人の男優が楽日の映画館で再会し、「近頃は誰も映画を観なくなりましたねえ」「ホントですねぇ」と会話を交わす場面が印象的。彼らの出演した『龍門客賤』が、満員の観客の中で上映される場面からこの映画は始まる。 日本はもちろんのこと、香港でも台湾でも、映画館で自国(自分の街)の映画を観てみんなが楽しむという全盛期はもうすでに過ぎてしまった。そんなことを感じさせられる場面であった。
 ワタシは学生時代の台湾留学では、大学近くの海賊版を上映するビデオシアターで映画を観ていたのだが、映画館で映画を観る体験をしたくて、台北の西門町まで観に行ったことがある。そのときに観たのは、台湾でも香港でもないハリウッド映画で、しかも現カリフォルニア州知事主演のアクション映画(爆)。当時の台湾では、公的な娯楽の際に中華民国国歌を必ず流していて、それまで噂には聞いていたけど、本編上映前にいきなり♪三民主ー義ー、と国歌が流れ、観客が全員起立していたのに面食らったっけ。そういえば、3年前の台湾旅行にて、「台北之家」で『珈琲時光』を観たときは、この国歌がかかっていなかった。…もうやめたのね、国歌を流すのは。

 閑話休題。
 この映画には、とある映画館の終わりをめぐる淋しさ、というよりも、人々の気持ちのすれ違いを映画館に投影したような雰囲気。
 横に座った男性にどう対処していいのかわからず、同じことを他の客に試してみる青年。劇場裏を彷徨ううちに出会った不思議な雰囲気を持つハンサムな男(久々のチェン・シャオロン)に話しかけられ、「ボクは日本人です」という彼。自分たちの映画を懐かしく眺める苗天・石雋の両人と、別の目的で来ているため、映画をマジメに観ていない観客、そして、今まで一緒に仕事をしてきた映写技師シャオカンに思いを寄せている受付嬢シャンチーと、彼女の最後のプレゼントから思いを読み取れないシャオカン。それぞれの気持ちは一方通行で、会話すら成り立たない。
 でも、そこに現代社会の孤独を読み取るとかいうのは本来の趣旨に外れるだろう。この映画の主人公は人ではなく劇場だ。そしてここで動き回る登場人物たちは、その劇場が見守っているような状態で行動している、と考えるといくらか理解しやすいのかもしれない。それに気づかされたのが、シャンチーが掃除をして出て行った後、約5分ほどカメラがそのままの状態で映し出される劇場の客席の場面だった。

 映画のラスト、大雨の中劇場から立ち去るシャンチーの場面からエンドタイトルには、服部良一氏の作曲による中国語懐メロが流れる。この曲がリアルタイムで台湾で流れていた時代こそ、あの劇場の“最好的時光”だったのかもしれない。でも、この映画はそれを懐かしんで昔はよかったと思う映画じゃないよなと思った。それはワタシが60年代台湾を知らないこともあるし、懐かしさを持たなくても、一つの劇場への挽歌はこの映画のような形で歌うことができると思ったからだ。

原題:不散(Good bye,Dragon Inn)
監督&脚本:ツァイ・ミンリャン
出演:チェン・シャンチー リー・カンション 三田村泰伸 ミャオ・ティエン シー・チュン チェン・シャオロン ヤン・クイメイ

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