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2006年9月

東京国際チケは、3勝1敗でした…。

本日発売の東京国際映画祭アジアの風のチケット、27日の『四大天王』『おばさん』28日の『イザベラ』は取れましたが、29日の『シルク』が売り切れ…。

昨年同様、同行の友人と共同戦線を張り、東京在住の友人の分もまとめて取ることに。一番競争率が激しそうで、複数購入になる『四大天王』を第1志望にし、その次に『シルク』にしたのだが…ううう、意外だった。『シルク』が早々に売り切れるなんて。カウンターに聞いてみても「キャンセル待ちなしで全て売り切れです」って言われちゃったんで。

いろんなblogをのぞいたところ、今年はチケゲットがかなり楽勝だったのですね。それにプレリザーブがあったのもまた予想外だったのかしら。(こっちで『シルク』がかなり売れたのかなー?)申し込んでおけばと思ったけど、それにはチケぴのメンバーにならなきゃいけないのね。ま、これは今後の反省材料とするか。

さらに当日は関西方面で大阪アジアン映画祭のチケ発売もあったのですね!いやーこれのラインナップもステキだと思ったもんですが…。やっぱとーほぐから関西は遠いっすよー(泣)。ま、フィルメックスもあるし、しょーがないですわね。

というわけで、今回は3作品を鑑賞いたします。
今年もまた知ってる方&顔を知らない方(^^ゞもあわせて、よろしくお願いいたしますー。

そして今年もまた、昨年に続いて海南鶏飯食堂に行かなければ(爆)。

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胡同のひまわり(2005/中国)

父と息子、母と娘は永遠のライバルである。これは古今東西、さまざまな文芸作品の中に登場する、非常に普遍的な題材である。
家族の結びつきが希薄になり、本来なら耐えられるはずの些細な不満を我慢できずに、子が親を、親が子を手にかけてしまう現在でも、親子や家族のあり方を問う文学や映像作品はよく話題に挙がる。イマドキの若者にとっての親は確かに「ウザいもの」であろうが、その親が自分を産み育ててくれたのであるし、いつかは彼らも親になる(…ここに親になれなかった人間が一人いるけど、それはしょうがないと諦めている)。長い未来を見ていけば、子にとっての親は「乗り越えなければならないもの」であり、「この世から排除しちゃっていいもの」では決してないと思うのだ。

…とこんなことを書いている自分をなんだこの偉そうなヤツめと、つい自己批判してしまうのだが、先週、『こころの湯』の張楊監督の新作『胡同のひまわり』を観てきた。
北京の胡同を舞台に描かれる家族模様、というのは『こころの…』を始め、過去の中国映画にもよく登場してきたモチーフだが、この映画では芸術家の親子の葛藤が描かれる。

1967年の夏、北京の胡同に住む張家に男の子が生まれた。一面に咲くひまわりにちなみ、子供は「向陽(シャンヤン)」と名づけられる。画家だった父親庚年(孫海英)は息子に自分と同じ道を歩ませたいと願った。しかし文化大革命が勃発して間もなく、父は摘発されて農場に送られる。
1976年、9歳の向陽(張凡)は胡同を縦横無尽に駆けながら、隣に住む劉軍(洪一豪)といたずらをしては近所の人々を困らせる悪ガキに成長していた。そんな時、家を6年間空けていた父親が帰ってきたが、幼い向陽は彼のことを全く覚えていない。彼が母の秀清(陳冲)と夜の営みに励むのを目撃した向陽が「ママをいじめるな」と怒鳴ってしまうくらい(?)覚えていないのだ。父は文革時の下放で利き手の親指を折られて絵筆が握れなくなってしまったため、向陽に自分の後を継いで画家になるようにスパルタ教育を施すが、遊びたい盛りの向陽はそれを強要する父が気に入らず、自ら手を傷つけてしまうくらい嫌がっていた。しかし、北京を襲った大地震で父が自分を守ってくれ、やっと彼は父親として彼を認めることができたのだ。
1987年冬、19歳の向陽(高歌)は学校をサボっては、公園のスケート場で物売りをして稼いでいた。進学しなかった劉軍(李濱)がいずれ広州に行くというので、彼について行こうと計画していたのだ。しかし、父親から強要されるのはいやであっても、いつのまにか彼は絵を描くのが好きになっていた。バイト中に見かけたスケーターの少女于紅(張?)の姿をスケッチしてしまう向陽。警察の手入れが入り、逃げ遅れた向陽を助けてくれたのは彼女だった。たちまち恋に落ちた二人は、一緒に広州へ行こうと誓う。しかし、父は向陽が学校をサボって金を稼いでいたことを知り、逃げた向陽を列車から引きずり出し、妊娠して北京に戻ってきた彼女を産婦人科に連れていって堕胎させる。向陽は父を激しく憎み、凍った湖で喧嘩になるが、薄氷に脚を取られた父を、彼は一瞬躊躇しながらも助けたのであった。
1999年。32歳の向陽(王海地)は結婚し、北京の美術シーンでも注目される若手現代画家となった。しかし、母は胡同から脱出したいがために父と偽装離婚をして念願の高級アパートを入手し、それぞれが離れて暮らしていた。父と自分のこれまでの関係から、子供を持つのにためらう向陽だが、ある日妻小韓(梁静)の妊娠が発覚する。父と母は当然喜ぶが、結局向陽と小韓は堕胎をえらぶ。
ある日、向陽は父を訪ねるついでに劉宅を訪ねる。劉軍の父俊楓(劉子楓)は父の画家仲間だったが、文革の時に劉が自分を密告したと知って以来、仲たがいをしていた。しかし、二人はそれでも隣同士の家に住み続け、庭先の将棋盤でわずかな交流をしていたのだ。向陽の展覧会が開かれる日、父は招待状を持って劉を訪ねると、居間で彼が死んでいるのを発見する。友の骸を整えて展覧会に向かった父が会場で見た向陽の絵は、今まで写真に撮ってきた家族の記録をモチーフに描かれた、張一家の肖像だった。その夜、父はあることを決意する…。

芸術と父子というテーマだとカイコーの『北京ヴァイオリン』を思い出すけど、あの映画になかった「子の父への憎悪」がこの映画には含まれている。
このお父さん、ほとんど星一徹状態。さすがに“画家養成ギプス”なんてーもんは開発しないけど、道を断たれた自分の代わりとして、一人息子に夢を託して画家として鍛える。しかしその息子も腕白盛りの遊び盛りで、絵を強要する父に激しく反発する。かといって向陽自身、絵を描くことが嫌いではないようで、父のいぬ間にせっせと絵を描いている。彼自身、それが父を乗り越えるのに一番適した方法であるということをわかっていたのだ。だから父を殺したいほど憎んでいても、決して手をかけることなどしなかった。それでいいのだ。そして、彼は自分のやり方で父を超えることができ、認められた。なんのかのいいつつも、向陽が父を愛していたということは間違いないことだ

あと、美術好きなワタシとしては、クライマックスの展覧会のシーン(ギャラリーは昔の工場を改装したところとか)で向陽が描いた絵として登場した、中国の現代美術家・張暁剛の連作『大家福』も印象深かった。モノクロの画面で輪郭も表情もぼかされ、どこか儚く、時には不気味にも思えるけど、それでいてなぜか静かにココロの中に刻まれた。自分の中に眠る記憶を呼び覚ましてくれるこの絵は、確かに向陽の絵としてピッタリだと思ったな。

原題:向日葵
監督&脚本:張 楊 製作:ピーター・ローアー 撮影:ジョン・リン 撮影顧問:クリストファー・ドイル
出演:ジョアン・チェン 孫海英 劉子楓 張 凡 高 歌 王 海地

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うおおおお!今年のTOKYO FILMeXはこれで決まりか!

先ほど、 TOKYO FILMeX.のサイトをのぞいてきたところ…。

特別招待作品に『黒社会』2部作の名前を発見いたしました!

上映は日曜昼と月曜夜か…。うーむ、年休&帰りは夜バスを検討か。

いや、それ以前に東京国際のチケ確保を考えなければ。

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明日はすごい日です!

ええ、我らが大プロデューサー様アンディ先生のお誕生日なんです。
でも、そのアンディ先生と同じ日に生まれた方って、かなり個性派揃いなんです。

日本のリッチー(違う)岸谷ゴローちゃん
モンゴルから来た男朝青龍関
遠山の金さん
アヴリル・ラヴィーンちゃん
and more!


…以上、ネタ元はJ-WAVE TOMORROW『明日の出来事』でした。聴いてたんですわ(^^ゞ。
しかし、ラジオからアンディの名前が聞こえると結構ビックリしちゃうよ。

久々のネタがこんなんですんません。はははははははは…。

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いったいどーすりゃいいんだ!今年の東京国際映画祭を!

えー、いよいよ東京国際映画祭が近づき、上映作品も発表されまして、うわー、やっぱり来たよ『イザベラ』!おお、彦祖監督作品『四大天王』もかい!えー、アジア新星流一挙上映!?パトリック・タム監督、15年ぶりなの!の『父子』、さらにユンファ久々の中華圏作品だよ!と驚いたのはいうまでもなく。

そして、もにかるさん経由で チケットぴあ/第19回東京国際映画祭/映画の情報を見に行ったら…。

このスケジュール、
地方の香港電影迷に冷たすぎます…(大泣)。

とりあえず、10月27日(金)~29日(日)上映作品を狙います、はい。

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初秋の中華な小ネタ。

いつまでもにくまんにくまんにくまんにくまん…とエンドレスで言っているのもみっともないので、今回はややマジメモード。
しかし、そろそろ香港ネタも書きたいぞー。昨日から当地で公開されている《大丈夫2》も気になるが、これはホーチョンの監督じゃないらしいからな。

nancixさんの東京レポートで、昨日『ウィンターソング』の記者会見が行われ、東京でピーターさん&金城くん&周迅ちゃんが揃い踏みしたと知った。後は學友さんがいれば完璧だよなー、とか、角川ヘラルドさん、頼むから學友さんの主題歌差し替えなんて愚かなことはやめてね!とか、全国公開ならせめて今やってるグエちゃんくらいの規模で…などとあれこれ思った次第。…でも、スポーツ紙サイトをあちこち回ったけど、どこにも記事がなかったってーのはどーゆーことよ(泣)。報道管制でも敷かれているんですかい?と思ったら毎日インタラクティヴの写真特集にありました。よかったー(^_^)。

○今年のヴェネチア映画祭金獅子賞受賞作品は、サプライズ出品でいきなり賞をかっさらったジャ・ジャンクー監督の《三峡好人》ですが、さすがオフィス北野がサポートしているだけあって、今年のフィルメックスでの上映が決まっているようですね(from銀幕閑話)。となると日本上映も確定だろうけど、いったいどんな邦題になるんだか。…まさか『三峡のナイスガイ』なんてーふざけたものではないと思うが。

○もひとつヴェネチアネタ。昨日の朝日夕刊(こっちでは今日の朝刊)でコンペ外の「オリゾンティ部門(カンヌでいえば「ある視点」部門にあたるかな?)」について紹介されていたけど、この部門でスパイク・リー監督のドキュメント映画とともに大賞を受賞したのも中国映画。この《馬背上的法廷》は雲南の村々を馬で回って人々のもめごとに取り組む3人の巡回裁判官たちを描いているそうで、意外と面白い作品なんじゃないかなーって直感で思った次第。『山の郵便配達』が好きな人にはウケそうな気がするなぁ。リウイエ君のような純朴な美少年が出ていなくてもね(苦笑)。いっそのこと邦題も『山の裁判官』にするとか(それあやかりすぎ)。あ、『動く法廷』や『歩け!裁判官』もいいかも。

○来週末は『胡同のひまわり』を観る予定。ただ、来週は仕事が忙しいので、ちゃーんとスケジュールが空けばいいんだけど…。

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にくまんにくまんにくまんにくまんにくまん…(エンドレス)

すみません、今日は一転してばかネタです。
はい、もう題名の通りです。肉まんが食べたくてしょうがないです。
理由は簡単。近所のKデパートで中華街フェアが始まったからです。
いつもはやってたら行くべなぁ…って感じなんだけど、ちょうどいい感じに涼しくなったから、すごーく食べたくなったのである、肉まんが。
同發の肉まんも来るっていうから、やっぱりこの週末買いに行こうかしら、月餅もいろいろ出ているみたいだし。

ところで、ワタシはなぜか香港で肉まんに出会ったことがない。中に何もない饅頭だったら、ホテルやビジネス街の店頭で朝出ている屋台で買ったことあるんだけど。…といっても朝食屋台の出る時間に起きて街をうろついたことってあんまりないのよね。
あ、台湾では留学時代の冬、朝イチ授業の前に学内のジューススタンドで熱檸檬茶と一緒によく買っていたなぁ…。で、教室でその朝食をのんびり食べては先生に「アナタが食べ終わらない限り授業始めないわよ」と言われてたっけ(笑)。

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『Shang-hai 1945』森川久美

御存知『上海グランド』を始め、ハリウッドの『インディ・ジョーンズ』の2作目に至るまで、1930年代の上海を舞台にした小説や映画は日中ともに非常に多い。それ以前の時代に目を向けても、20年代が舞台の『花の影』に清朝末期を描いた『T.R.Y.』があったり(そういえば最近続編小説が発表されたねぇ。また織田さん主演で映画化されたりするのか?)、小説『「吾輩は猫である」殺人事件』(奥泉光)ではあの『吾輩は猫である』の猫が、1905年以降(『吾輩』発表年)とおぼしき上海で活躍したりするので、20世紀前半の魔都上海はクリエイターにとって非常に魅力的な舞台なのだなぁ、と改めて思う次第。

さて、上海を舞台にした物語の中で、80年代に少女マンガの洗礼を浴びた人ならおそらく通っているのが、1980年に発表された森川久美さんの『南京路に花吹雪』。これは満州事変前夜、30年代後半の上海を舞台に、上海人の抗日青年・黄子満と上海駐在の新聞記者・本郷義明の友情と愛憎を中心に、抗日テロや戦争阻止計画等を描きながら日中戦争へと突入していく時代のうねりを描き出した作品(…かなり曖昧な紹介で申し訳ない。実は本がいま手元にないんですよー)。
その続編が今回紹介する『Shang-hai 1945』。これは確か3年前の春、『英雄』試写会で上京したときに渋谷で買っていた記憶がある。

Shang-hail945 1
森川 久美著
講談社 (2003.4)
この本は現在お取り扱いできません。

Shang-hail945 2
森川 久美著
講談社 (2003.4)
この本は現在お取り扱いできません。

1944年秋、上海。激化する太平洋戦争の中、日本の戦況は極めて不利であったが、上海のかつての租界全域を占領下において、彼らは奇跡の逆転を信じていた。
30年代後半から上海で暮らし、その後しばらく南洋に赴任していた新聞記者の本郷が帰ってきた。日中戦争突入前夜、中国との和平工作のために暗躍した彼だが、2年ぶりに戻ってきた彼を迎えたこの街は退廃化が進み、人々が希望を失う中で、偽の情報と自国軍の勝利を信じてやまない日本の軍人たちが幅を利かせていた。本郷は彼らとのトラブルに巻き込まれるが、彼を救ったのはかつての恋人だった中国人女医の蔡文姫(ルビは“ツァー・ウェンチー”だけど、ホントは“ツァイ”だよね^^;)だった。彼女は本郷が上海を去る数年前に、共産党の抗日戦線に身を投じるためにこの街を離れていたのだ。再会に驚く二人だったが、蔡文姫にはすでに李光裕という夫がいた。そして本郷は、日本陸軍が資金繰りにアヘンの取引をしていることを知り、やむなくそれに手を貸すことになる…。

20年以上前に『南京路』で中国近代史にハマったという人は、案外多いんじゃないかなーって思ったんだけどどうだろうか?そういえばワタシの大學の同期の友人もこのマンガが大好きで中国語を選んだんだよって話していたのを覚えている。…でもゴメン友よ、今さらこんな場所で謝ってもしょうがないけど、ワタシはその時まだ読んでいなかったのよ『南京路』。ちゃーんと読んだのは10年位前に文庫化されたときだったのよ。地元で『上海グランド』の上映が決まり、「30年代上海の資料ってなんかない?」とサークルのリーダーに聞かれた時に、これを参考資料に提供したっけなぁ…。
映画化したらニコに演じてほしいかも、という声もあった(確か)黄子満と本郷が大活躍したこの物語では、蔡文姫はあくまでも男たちの疾走を追いかけていた脇役に過ぎない印象があったんだけど、黄子満が登場しないこの続編では、彼の不在を埋めるかのごとく存在感をまして活躍し、本郷と祖国への思いに揺れ動く女性になっていた。メロドラマとしても読める物語なんだけど、やはり背景にあるのは戦争。だからこの物語も軍部の存在が強い。じゃあ軍部が完全なる敵かといえばそうではなく、本郷には軍人の友人がいたりする(戦死してしまうんだけど…)。かといって、中国人側への感情移入も過剰になってはいない。真の敵はこの時代の狂気であり、その狂気のために多くの人々が命を落としたのだ、と改めて思った次第。
こんなふうに歴史認識においては非常にバランス感覚に優れており、公平な目で読むことができると思うのだけど、それは日本人だからの感覚で、もしナショナリズム思想強めの中国人がこれを読んだら「いやこれは反中だ、そしてここに登場する中国人は漢奸だ!」なんて言われてしまうのだろうか?
…とまぁ、ちょっと散漫になったけど、こんな感じ。あ、『南京路』もまた読み返したくなってきたなぁ。

ところで李安さんの新作《色、戒》はこのマンガと違って中国人の恋物語だけど、時代は『レッドダスト』やこれと同じく抗日に揺れる40年代であり、漢奸の男と彼のもとに送られるナショナリストの女が出会う物語だという。この時代の政治と闘いに翻弄された恋がどう描かれるのか、かなり興味があるのであった。ええ、トニー主演ってーのももちろんあるけどね。…となんとか中華娯楽に着陸させて終わる。

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姐さん姐さん、なぜマイアミで悪徳を働く?

…とツッコミがしたいがために(冗談)、友人と『マイアミ・バイス』を観てきた。

マイアミバイスと言えば、ワタシが思い出すのはオサレなサウンドトラック。なぜかドラマ自体を観た記憶がなくても、20年前にハマッていたFMの洋楽番組で、最新ヒットとしてよく流れていたのは、このドラマの挿入歌だったグレン・フライの「You belong to the city」や、フィル・コリンズとマリリン・マーティン(だと思ったな)のデュエット曲だった。そっちの方の印象が強烈だったのよね。でもあれこれあって20年経って、ドラマのこともすっかり忘れていた(爆)。だから、『アレクサンダー』のコリン・ファレルと『Ray』のオスカー俳優ジェイミー・フォックスの主演、ドラマ版の製作総指揮から映画界に進出したマイケル・マンの監督でこの映画ができたと聞いた時は「ふーん」という反応だけでそのままスルーするつもりだったが、あのコン・リー姐さんが『SAYURI』に続いてハリウッド映画に出演したのがこれというのに思いっきり反応して、中華電影仲間にして80年代ドラマファンである友人に話したところ「それなら観なければ!」ということになり、こーゆーことに及んだ次第。

あらすじは思いっきりパスするけど、これって潜入捜査官ものだったんだなぁと改めて知った。でも、同じ潜入ものでも、無間道三部作とは違うんだよなー。それはお国柄もあるのかもしれないけどさ(笑)。さらに、見事なまでにゴリゴリなオトコの映画だったわ。敵に出くわしたらぶっ殺せ、高速があったらぶっ飛ばせ、酒があったら酔っちまえ、女とできたらやっちまえって感じか(爆)。なんか久々にバッシバシにイケイケのベッドシーンを観たような気がしたよ。
しかし、コリン・ファレルが演じたソニー…。うーん、なんか肉付きよすぎやしませんか?オリジナルのドン・ジョンソンはセクシーで白いスーツをバシッと決めてたっていうけど、コリンだと白スーツは…。うむむ。あ、ジェイミー・フォックス演じたリコは予想以上にかっちょよかったです。うまいなぁ、さすがオスカー俳優。

そして本題の姐さん演じる麻薬組織の幹部イザベラなんだが…。薄化粧だな、姐さん。悪の組織の人間&ボスの愛人なのに、なんか華がない。もーちょっと化粧厚くてもいいんだぞ(笑)。まー、これまでハリウッド映画に登場した華人女優(ご存知ルーシー・リューとか『X-MEN2』のケリー・フーとか)に比べれば、いくらかはねぇって思うけど。(何がだ?)しかし、中華系とはいえ、国籍はどこだったんだろうか。コロンビアか?キューバか?それともアメリカ?我々の間では、イザベラはお母さんが通訳で16歳の時にアンゴラで死んでるっていうけど、家がハバナって言ってたし、従兄弟がハバナの税関長とか言ってたから、やっぱりキューバ華僑って設定なのか?という結論に落ち着いた。どーでしょ?

しかし、姐さんの起用はマイケル・マン監督が彼女のファンだからっていう話かららしいけど…。なんか微妙だったよなぁ。もっとも、『SAYURI』のあの役よりはまともではあったけど。

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蕃茄加蛋を作ってみた。

蕃茄加蛋を作ってみた。

職場の同僚(農家の長男)が作ったトマトをもらった。トマトはリコピンたっぷりで栄養満点、高血圧にもいいっていうけど、実はワタシはトマトが苦手(^_^;)。だけど調理すれば食べられるので、中華の定番である蕃茄加蛋を作ってみた。
「トマト 卵 炒め物」で検索するとレシピはいろいろ出てくるけど、今回は一番簡単にできる「魔女の簡単手抜き料理」のページを参考にしましたよ。味付けはハーブソルトを使ったので、かなりあっさりな出来になった次第。濃い目の味を求めるなら、多少くせがあるけど中国製の黒酢をかけていただくのもありかと思う。

そういえばまだ、このblogで蕃茄加蛋のことはとりあげてなかったみたいなのね。ははは。

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さあみんなで歌おう、あのテーマ曲を!

♪ぱーぱぱ、ぱーぱぱ、ぱぱぱぱーぱーぱー、ぱーぱぱ、ぱーぱぱ、ぱぱぱぱーぱーぱ…どうもすみません、やりびのテーマで。

そんなわけで本日(というか昨日か)、ヴェネチアでジョニーさんとオトコくさい野郎ども、そして紅一点のジョシーが集結して、《放・逐》が上映されたようですよん。

Johnnie_josie_1 

記者会見は美女同伴の方が絵になるってか、親分よ(笑)。
ところでロングヘアのジョシーって珍しいような気がする。

なんかオトコくさい野郎どもの画像がないかなーと思ったら、太陽報で発見したのでペタッとしてみる。

Exiled

いやーオトコくさい。皆さん恐ろしく自己主張激しすぎ。大丈夫かジョシー?(笑)
ところでアナタは誰がお好み?(こらこら)

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青い鳥は時を越えてはばたき、二つの街と人を結ぶ。

今日はローカルネタですが、一応中華つながりということで。

現在blog上で李安監督の新作《色・戒》特集を展開しているnancixさんから今朝、盛岡出身で上海在住のバレエダンサー岩渕佳代さんのことが朝日新聞国際版のコラムで紹介されているとのメールをいただきました。
アサヒコムに記事があがっていないので、ほぼ同じことが紹介されている地元紙盛岡タイムス Web News4月9日付の紹介記事をリンクしますが、岩渕さんのお祖父様とお祖母様は、’30年代の上海にあった「青い鳥」という名の日本料理店で出会い、戦後は盛岡で同じ名前の日本料理店を開き、昨年まで営業していたとのことです。
ワタシも盛岡生活10年越えましたが、実はそのお店には行ったことがありませんでした…。地元のお店に詳しい我が職場のprincipalに聞いても首を捻られたので、もしかして知る人ぞ知るお店だったのかな?というようにも思いましたが…。

検索の途中、岩渕さんの従姉妹さんにあたるayakoさんのblog「blue bird*」に出会いまして、7月8日の記事でお祖母様が亡くなられたことを知りました。岩渕さんが上海で出版された詩集『青鳥』(ayakoさんによる紹介記事はこちら)のことも今日初めて知ったので、もう少し早く知りたかった…とも思いましたが、岩渕さんとayakoさんの祖父母の約70年前の上海での出会いで生まれた青い鳥がみちのく盛岡にたどり着き、その鳥はその思い出を引き継いで、いま岩渕さんが上海に舞い降りて活躍していると思うと、戦中の上海ではさまざまな人間模様が展開されていたんだな、と考えてしまったのです。…うーん、なんだかうまく言葉にできませんが。もちろん、日本中には同じような経験をされた方も多かったんでしょう。そう言ったさまざまなことに思いを馳せたくなります。

フィクションでもノンフィクションでも、この時代の上海を舞台にした本はかなり多いんですよね。調べても全部紹介するのが大変そうなのでリストを作れそうもないのですが(ここで職業を生かせない自分が悲しい…と独り言)。でも以前ちょこっと書いたマンガ『Shang-hai 1945』がちょうどこの時代なので、近日感想を書こうかと思っております(^_^)。

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ココシリ(2004/中国)

2年前の東京国際では審査員特別賞、一昨年の金馬奨で最優秀作品賞、そして今年の金像奨では最優秀アジア映画賞を受賞した中国映画『ココシリ』。この映画を作った陸川(ルー・チュアン)監督の前作『ミッシング・ガン』は観ていなかったし、東京国際で上映された時点では全くのノーマークだった。だけど、中国政府とチベットとの対立が続く今、これはそのチベット族を主人公とした映画で、大陸だけでなく台湾や香港でも評価されたことを知ると、俄然日本公開が楽しみになった1作。

中国青海省、海抜4700メートルに広がるチベット高原の秘境ココシリ。チベット語で「青い山々」、モンゴル語で「美しい娘」を意味するこの中国最後の秘境は多くの野生生物が生息しているが、'90年代には最高級毛織物の原料となるチベットカモシカの密猟が絶えることがなかった。チベットカモシカの絶滅の危機を察したチベット族の人々は、有志で民間の山岳パトロール隊を結成し、カモシカを乱獲する密猟者たちと命を賭けて戦っていた。
ある日、山岳パトロール隊の一人が密猟者に殺された。それを知った北京在住でチベット族の血をひく新聞記者のガイ(チャン・レイ)は調査のために青海省までやってきて、軍人あがりの山岳パトロール隊長リータイ(デュオ・ブジエ)に同行取材を申し込む。初冬の高原を行く彼らの行く手にあるのは、誰にも容赦なく襲いかかる自然の厳しさだった。密猟者の襲撃や追跡の中、一人また一人と倒れていくパトロール隊員たち。ガイはそのありのままを目の当たりにするだけでなく、貧しさ故に密猟に手を貸す元農民のマーや、リータイが語ったパトロール隊が押収した毛皮を売って灯必要経費を捻出するという矛盾した行動から、密猟者と山岳隊の抱えるあまりにも過酷な現状を知る…。

学生の頃、チベットに行ったことがある。その時はこの映画の舞台である青海省ではなくチベット自治区のラサだけしか行かなかったのだが、高度3000mという厳しい条件下で暮らして五体投地しながら聖地を目指す人々の姿や、ハゲタカが舞う鳥葬場(念のため言うが死体はなかった)を見て、この地はワタシたちの住む都市よりも、ずーっと自然に近いんだなと感じたものだった。…今考えればあまりにもお気楽な感想であるが。
そのチベットで、厳しい自然は誰に対しても平等に牙を向けてくる。密猟者を追って全力疾走すると肺がやられ、流砂にはまると二度と這い上がれない。初秋であっても、吹雪は突如激しく吹き出し、パトロール隊員であっても密猟者でも容易く命を奪われる。
そして、貧しさもまた人々の抱える問題である。マーが密猟に手を貸したのは砂漠化によって放牧が出来なくなったことからであり、山岳パトロール隊員たちは1年近く無給で働いている。狩る側も護る側も金がないのは同じだ。パトロール隊側でも押収した毛皮を売るという非合法行為に手を染めることもある。確かにそれは罪であり、密猟者と変わりないのだが、そうしなければ隊を保持できないという事情もある。そこまでしてなぜパトロール隊がチベットカモシカを守るのか。それは、自分たちと同じ、自然から与えられた尊い命が彼らにもあり、その命を人間が欲望のために勝手に奪う権利などないということを自覚しているからだろう。だから彼らは銃の残りの弾が少なくなっても、トラックのガソリンが切れても、そして多くの仲間の命を失っても、目の前にいる密猟者側が圧倒的に優位に立っていても、密猟者との対決に向かっていくに違いない。
ラスト、山岳隊の事実は人々に広く知られることになり、1997年末に政府によりココシリが自然保護区に指定され、絶滅への道をたどっていたチベットカモシカの生息頭数が復活しつつあるという事実を知る。この映画は事実に基づくフィクションであるけど、実際にパトロール隊の隊長が二代続けてパトロール中に命を落としていることもあり、ここまで来るのに多くの犠牲があったこと、そして中国でも自然保護の機運がここまで高まっているのかということを改めて思った。それがあったからこの映画は誕生したんだよね。

キャストはほとんど無名(リータイ役のブジエさんは舞台でダライラマ6世を演じたこともあるチベット族の実力派俳優らしい)で、演技経験のない人も多いらしいけど、チベット族男子のゴツゴツして色浅黒い顔はスクリーンによく映える。登場する女性はリータイの娘と元タクシー運転手のリウ(キィ・リャン)の恋人でホステスのロンシエ(チャオ・シュエジェン)だけなんだが、ほとんど野郎しか出てこないこともあって貴重な存在だ。隊長の娘役の子は丸顔でかわいかったー。…と、気の抜けることを書いてこの記事を終わりにしたい。ははは。

原題:可可西里(Kekexili:mountain patrol)
監督&脚本:ルー・チュアン
出演:デュオ・ブジエ チャン・レイ キィ・リャン

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