以前、Musical Batonで、ワタシの思い出のアルバムの一つにサラ・チェン(陳淑樺)の『一生守候』を挙げたけど、その中でも一番好きだったのが、このアルバムに収められていた『滾滾紅塵(こんこんこうじん)』という曲だった。これは私が台湾にいた当時に公開されていた同名映画の主題歌で、この切ない曲が主題歌になっている映画ってどんなものだろうと思っていた。この映画は台湾&香港公開から2年後に、日本でもひっそり公開されたけど、当時ビンボー学生だったワタシは見事に見逃してしまっていた。その後、ずっと観たいと思って、すでに日本版ビデオが絶版になっていたので中華グッズ屋さんでビデオを買ったものの、どうも観る機会をずっと逸していた。そして今に至ったのであった…。ああ、なんて長い宿題なんだ。その同名映画のご紹介と感想。
1938年、中国東北部(当時の満州)の大都市。封建的な家庭に生まれ、厳格な父親の支配下に置かれていた沈韶華(ブリジット)は、早くから文学の才能に目覚め、小説を執筆して発表していた。しかし、初めて恋した男とは父親によって引き裂かれ、韶華は屋根裏に幽閉される。押さえきれない思いを部屋一面に書き出し、何度も自殺を図ろうとする韶華。やがて父親の死が知らされ、重苦しい屋敷から解放された彼女の眼に映ったのは、この街を支配していた日本軍の行列だった。しかし、彼女は解き放たれた喜びにあふれていた。彼女は自分の半生をもとに、玉蘭という少女を主人公にした小説を書き綴る。
街中のアパートに移り、本を執筆する韶華のもとに彼女の小説のファンだという章能才(秦漢)が現れる。たちまち二人は恋に落ちるが、能才は実は日本占領軍と通じている、いわゆる漢奸だった。そのため能才は誰かに狙われているようだった。
韶華のもとに親友の月鳳(マギー)がやって来た。久々の友人との再会に心から喜ぶ二人。月鳳は能才とも知り合い、つかの間の平和を楽しく過ごすが、抗日ゲリラの戦闘に巻き込まれる。戦禍が人々に近づきつつあった。
1945年、韶華と能才は結婚を誓うが、能才が漢奸であることを知る人物の登場により、それが不可能となる。能才は街を出る。日中戦争は終わったが、その後すぐに国民党と共産党の内戦が始まり、国内はますます混乱する。韶華に思いを寄せる隣人(リチャードさん)や月鳳は能才を失った彼女を気遣うが、韶華は能才を探して旅に出る。やっと再会したと思ったら、能才には同居する女性がいたと知り、大いに落胆する韶華。失意の彼女を救ったのは月鳳だった。お互いに助け合って生きることを誓った二人だが、ある夜恋人と街に出た月鳳は、暴徒に教われて命を落とす。能才に去られ、月鳳を失ってしまった韶華。
1949年、韶華の住む街は国民党の最後の砦となっていたが、共産党の反撃が始まり、国民党の敗色が濃くなっていた。隣人はひとりぼっちの韶華に国民党の台湾脱出に乗じての出国を提案する。そしてその夜、混乱する街で韶華は能才と再会する…。
『kitchen』でお馴染のイム・ホー監督とともにこの映画の脚本を手がけたのは、映画が公開されて間もなく自殺してしまった当時の台湾の人気女性作家、三毛(サンマオ)。その後間もなくして日本でもエッセイが翻訳されて、彼女がニュージーランド人(だと思った)の夫とともに砂漠で生活したことを綴った『サハラ物語』を読んでいたけど、なぜ彼女が死に至ったのかまではわからなかった。…彼女の他の本や小説を読まなかったし、そこを読み取るまで中国語が達者だったってわけでもなかったもんな。でも、そんな彼女の生涯は、きっとこの映画の主人公である韶華に投影されていることは間違いない。
初恋を否定され、父親によって監禁されるというオープニングは衝撃的だった。父親自身は映画に登場しないけど、封建的な立場を利用した娘への歪んだ愛(こう書くと手塚治虫御大の『奇子』みたいな話を想像しそうだな)ゆえか、旧家の掟にそむいた恋ゆえか、そのへんははっきりしない(まー、観たのが北京語吹替の中国語&英語字幕版だから)。
いや、そうじゃないだろう。おそらく韶華の愛情があまりにも激情的だったのかもしれない。そうでなければ、部屋一面に遺書(にも見える)を書き綴ったり、ガラスの破片で何度も手首を切ろうとするわけがない。この彼女の情熱と、戦中期から中華人民共和国成立までの激動期を重ね合わせながら、物語は進んでいく。舞台は特定されてなかったけど、おそらく旧満州のどこか。(多分大連?)当然、モショモショと話す日本人兵士も登場。ただ、このことは背景として描かれるだけで、能才や韶華が日本軍に襲われることはない。(香港映画でこの時代を描くと、当然日本軍が敵になるのだけど、ものによっては観るのがためらわれる描写もあるからね…。それがなんだかは言わないし、その部分だけに注目して、だから香港はすでに中国で、それで反日なんだって第三者から断定されたら、ホントにガッカリなんだよ)
ただ、確かに能才(演じる秦漢はブリジットの恋人だったそうだ)は危険な魅力をはらんだいい男だったけど、彼が彼女の激情を支えていたかといえばそうじゃなく、それよりも韶華と月鳳が永遠の友情を誓い合いながら恋人同士のように生きていく姿が、ワタシには印象的だった。だからこの映画で韶華は、能才と月鳳の間で揺れ動いているって観たほうがかなり正しい(爆)。愛を誓い合った韶華と能才が、サラの歌にのせてバルコニーでゆったり踊る場面より、病と失意に苦しむ韶華を月鳳が健気に看病する場面の方がワタシにはエモーショナルでしたよ。ああ、女性版ブエノスやるならブリ&マギの二人で観たかったわ(もちろん冗談よ)。
そんな二人からの愛(こらこら)に揺れる韶華を密かに愛するのがリチャードさん。…こちらも好演。彼女への尽くしっぷりも健気なんだけど、それは決して報われないんだよね。
この映画は1990年度の金馬奨にて、当時最多の12部門にノミネートされ、作品賞を始め8部門を受賞したとか。主題歌がサラだし、ブリジットは台湾出身だもんねなんて思っていたけど、そんな理由だけじゃないのね。それはラスト近くの国民党軍の大脱出シーンを観てわかった。そう、ヒロインの悲劇に国民党の流浪も重ねられていたのね。(この頃の台湾の第一党は国民党でした)まー、これは先に書いたように、こういう事情はあくまでもヒロインの背景なんだけど、それにしてはかなりダイナミックに撮られている。…これ、きっと大陸では上映禁止なんだろうな。そして、こういう描写を見ると、これって思いっきり『悲情城市』の裏側にある物語だなと感じたのであった。
だからそれだけで政治云々は語りたくないけど、こういう形で映画の背景に隠された歴史を複眼的に観るのは大切なことだものね。
しかし、イム・ホー監督はすっかり大陸映画の人になってしまったなー。そのせいか『kitchen』以降の新作が日本に入ってこなくなっちゃったよ。
最近のスタンリーさんもそういうところはあるけど、香港ではもう文芸映画を撮ってきた映画監督さんの活躍の場がなくなってしまったのか。
イム・ホー監督といえば、東京国際でグランプリを受賞した『息子の告発』も観たけど…これはダメだった。でもそれに比べるとこの映画はまだよかった(こらこら)。
なんつーか、彼の作品はコテコテの大陸ものじゃない作品の方が面白いんじゃないのかなぁ。どうだろうか。
最後に、この映画の製作は、後に『覇王別姫』を製作する、トムソンエンターテインメントです。プロデューサーの徐楓さんもまた台湾出身だしね。
原題:滾滾紅塵
監督&脚本&出演:イム・ホー 脚本:サンマオ 製作:シュー・フォン 撮影:プーン・ハンサン 美術デザイン:ウィリアム・チャン 音楽:ロー・ターヨウ 主題歌『滾滾紅塵』byサラ・チェン
出演:ブリジット・リン マギー・チャン チン・ハン リチャード・ン
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