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改めて、『2046』の音楽話。

改めて、『2046』の音楽話。

昨日観たカンヌ開会式と、今ムービープラスで『2046』が放映されているのがきっかけで、久々にサントラを聴いている。
一部分しか観なかったけど(周さんがクリスマスイヴに白玲小姐にモーションをかける場面まで観て寝た…って最初の方じゃん)、久々に観て思うのは、やっぱりこの映画はトニーと女優たちのための映画であって、あの方の存在意義はそれを確認させるための刺激的な要素であり、決して7年前から2年前の今頃まで日本マスコミがさんざん喧伝してきたような、あの方世界進出のためのお膳立て映画なんかではないってことだ。そりゃーさー、某週刊文春さんが、1年間で最も期待はずれでつまらなかった映画ベスト10を決める『文春きいちご賞』の栄えある初年度ベスト10内に入れたくなったのはよーくわかるよー。だってさー、確かにあの方目当てで観に行ったら、口ひげの中年エロじじい(こらこら!)が次々に女をとっかえひっかえする物語だった(ひでーあらすじ紹介だな)わけだから、「なんじゃこりゃあ!」って思うのはよくわかる。でもこの映画を観るにあたっては、王家衛の映画というものをある程度理解(あるいは覚悟)していないといけないわけだし、それを知ってか知らずか、あの方出演ってーだけで、全国シネコン向けの展開に切り出しちゃった宣伝側にも責任があるんじゃねーの?と、昔愚痴ったことを改めて蒸し返してしまうのであった…。すまん。

話を元に戻してっと。
久々に聴いた『2046』サントラ。
これは以前も書いたと思うんだけど、この映画の後に『LOVERS』『SPIRIT』、韓国映画のサントラも手がけ、今やアジアを代表する映画音楽家と呼んでいい梅林茂さんと、ヨーロッパのヴェテラン音楽家のペール・ラーベンによるオリジナルスコアと、コニー・フランシスの『シボネー』、ナット・キング・コールの『クリスマス・ソング』などの20世紀中盤のスタンダード曲、『欲望の翼』でも御馴染のサヴィア・クガートのラテン曲、オペラ『Norma(日本名がわかりません…)』の『Casta Diva』、そしてクシシュトフ・キェシロフスキの『殺人に関する短いフィルム』のサントラや北欧のシークレット・ガーデンの『アダージョ』などの最近の既製曲などが詰め込まれている。これだけ多種多様な曲をひとつの映画に詰め込むと、音楽にバラつきが出るのではないか?と思ってしまうのだけど、そこはさすが家衛と誉めるしかなく、見事に統制が取れているのである。おそらくそれをサポートしたのはオリジナル曲を書き下ろした梅林さんだろう。周さんが描く小説『2046』が視覚化される場面を始め、全編に流れる『2046』のテーマは、まさに過去と現在、そして未来をつなぐ列車のように既製曲をつなぐ役割を果たしている。
また、ペール・ラーベンのスコアやその他の既製曲はヨーロピアンな香りを漂わせつつも、60年代から現在に至る香港のコスモポリタンさにうまくマッチしている。それらの曲の中で梅林さんのスコアを聴くと、意外にもアジアっぽさもどこかで感じさせるような気もする。『花様年華』では、梅林さんが映画『夢二』のために作った『夢二のテーマ』が印象的に使われていたのだけど、それを引き継ぐような曲もあって、聴いた時には「おお、この曲は日本で近世の恋愛小説を映画化したときにも使えそうだねー」と感じたりしたのであった。
周さんと白玲小姐の愛のテーマ『シボネー』と、きむらくんとジンウェンの愛(?)のテーマ『アダージョ』の効果については、公開時のパンフで小倉エージ氏が述べていたのでここではあえて書かないけど、好みとしてはやっぱり『シボネー』の使い方がうまかったと思う。しかし、この曲だけじゃなくて、映画に使われるラテン系の曲って、ホントに名曲が多いよなーと、いろんな映画を観て思う次第であった。

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