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長恨歌(2005/香港=中国)

第18回東京国際映画祭アジアの風部門の、記念すべきオープニングを飾るのは、『ホールド・ユー・タイト』『藍宇 情熱の嵐』(東京フィルメックス出品作品)など、近年は中華圏におけるセクシュアリティをテーマに取り上げることが多い、スタンリー・クワン監督の新作『長恨歌』。これは近年の作品から一転し、代表作『ロアン・リンユィ』を思い出させるような雰囲気の文芸映画。前世紀の上海を舞台に描かれた中華圏のベストセラー小説が原作で、先ごろ行われたヴェネチア映画祭でも正式出品された作品。
主演は今年になって重病説がまことしやかにささやかれた、香港のお元気女優サミー・チェンだけど、今回はその噂を吹き飛ばすかのように舞台挨拶&ティーチインに登場、ちょっと痩せたかな…という印象はあったものの、お元気振りをPRし、レッドカーペットにも登場(from毎日インタラクティブ)したのであった。まずはホッとしたよ、サミー。

第2次大戦直後の上海。女学生の王琦瑶(サミー)は親友のリリ(蘇岩)の紹介で、写真家の程(カーファイ)に出会う。程は琦瑶にひかれ、彼女の写真を撮る。琦瑶は程の薦めでミス上海コンテストにも出場することになるが、そこで国民党の幹部、李(胡軍)と運命的な出会いをする。琦瑶は李の愛人となり、激しく愛し合うが、国共内戦で国民党が敗色濃厚となったことで、その運命が二人を引き裂く。李は「オレは死んだことにしてくれ」と程に告げ、国外へ脱出する。それから間もなくして共産党が政権を握り、新中国が誕生した。政治体制が全く変わった中国に見切りをつけるように、リリは上海を離れた。
看護師として働く琦瑶は、大企業の御曹司・康明遜(彦祖)と恋に落ち、彼の子を身籠る。しかし、二人の身分はあまりにも違いすぎ、明遜は香港へ赴任することになる。そこで琦瑶はある男と形ばかりの「結婚」をし、その男の娘として明遜との子を出産する。
文化大革命が始まった。シングルマザーの琦瑶親子はなんとか紅衛兵につるし上げられずにすんだが、文化人の程は奥地の村に「下放」され、労働に従事した。そこで青年カラー(黄覚)と親しくなる。したたかな性格のカラーは物資を横流しして生計を立てていた。
文革が終わり、程は上海に戻ってきた。しばらくしてカラーも彼を慕って追ってくる。そして彼は琦瑶と出会い、彼女の若い愛人となる。それを快く思わない程は、今でも彼女への変わらぬ愛を抱いていたのだった…。

1940年代後半から80年代まで、中国大陸は激動の運命に翻弄されてきた。中国一モダンな国際都市である上海も然り。『上海グランド』や『花の影』、その他もろもろの映画や文学でこの都市の姿は描かれてきた。この映画に描かれるのは、激動の近現代中国史と、上海という都市と運命を共にした女性の一生だった。その運命は、何人もの男を虜にした華やかさを持ちながらも、決してその生涯は幸せではなかった…と見えたのだが、それは彼女自身ではない自分のあまりにも主観的な感想だろうか。
長年彼女を見守りながらも、決して結ばれることがなかった程の語りで進められるこの物語。しかし、彼女が一番愛したのは、彼女の最初の男であり、一番情熱的な恋をした李だった。もし、李が国民党の人間でなかったら、あるいは程が彼女に自分の気持ちを伝えられたら、この物語はここまで展開はしなかったと思う。こんな激動の時代に出会ってしまったのが、琦瑶と李と、そして程にとっての運命だったのだ。
琦瑶の生き方は、現代の我々にとってはどう映るだろうか。自らの欲望に従うかのように自由奔放な愛に生きた強い女性なのか、あるいは人生の選択が下手で不幸に巻き込まれていった愚かな女なのか。もちろん、彼女には両方の側面がある。それを思うと、「自由な愛に生きて、たくさんの男と寝ても、決して幸せにはなれないんだなぁ…」なんていう無常感を抱いてしまう。…って保守的かなぁ、こんな考えは。

重厚でドラマチックなストーリー展開で、見ごたえはあったのだけど、どうしても考えてしまうのが「これ、別にサミーじゃなくても他にできる人がいるんじゃないの?」ということだった。いや、後述するティーチインでサミーが「役にハマりこんで撮影後も抜け切れなくて困った」って言ったくらいに熱演していたのには異論はないけどさ、サミー自身の本来の持ち味がぜんぜん活きてなかったように感じたのよね。やっぱりこういう役はサミーじゃなくてマギーじゃないかなぁ。ありきたりかもしれないけどさ。サミー自身も今までのキャリアの壁を破って新境地を開きたくて受けたのかもしれないけど、ね…。
カーファイはさすがベテランなので、映画の屋台骨をしっかり押さえてくれる。胡軍は映画の要となる存在。セクシーなのは確かなんだけど、サミーと絡んでもエロティックに感じないのはなぜ?まぁもしかしたら、サミーよりも中国女優さんのほうが釣り合いが取れるのかもしれないけど。(まー彼はどーも『東宮西宮』や『藍宇』や『無間序曲』での存在感が強烈なせいか、男と絡んで欲しいなんて戯言をつい口走ってしまいそうだけど、ここはどうか聞かなかったことにして下さい。ってもう遅いわね)彦のヒゲ姿、見慣れてないせいかちょっと違和感もあったけど、登場シーンの佇まいは思わず『エロス』張震?と思っちゃいました。出番が少ないのが惜しいけど、貫禄はあったなぁ…。この3人がいい仕事をしてくれただけあって、ラストの鍵を握る黄覚(『恋愛中のパオペイ』)のカラーがちょっと負けているような気がする。合作なのでバランスをとった上のキャスティングなんだろうけど、ちょっとミスキャスト?とも感じたかな。もしこの役を陳坤が演じていたら、ちょっとは納得できたんだけど。
あ、忘れちゃいけないけど、「スタンリー組」のウィリアムさんの美術は相変わらずのいい仕事でした。後に感想をアップする『ディバージェンス』も彼のお仕事ざんす。

最初の舞台挨拶までの準備がもたもたしていたせいか、ラストのティーチインも時間が少なかった…。大変なのはわかるんですけどね、スタッフの皆さん。
時間もなかったので、質問は一人ひとつ。胡軍さんからは熱烈なファンの方からの「日本の演劇や映画にも出てください!」というラブコールがあり(これもまたゲストつき上映の醍醐味だよねー?)、サミーには前述した「役から抜け切れなかったことで大変だったことは?」という質問。彼女曰く「この役はホントに捨て難い役で、4ヵ月半の撮影ですっかりのめりこんだ。でもそのおかげでスタッフやキャストといい関係が生まれた」とのこと。これが彼女の演技キャリアにとってのターニングポイントになればいい。
そしてスタンリーさんには「ヴェネチア出品前に政府の検閲によりカットされた場面があると聞いたが、具体的な場面とその理由等は?」との質問。彼曰く「文革のあるシーンをカットした。もともと原作に文革の描写はないので、このくだりは映画オリジナルである。文革についてはうまく描写するのも難しいので、政府の忠告に従ってカットした。しかし、こんな場面は10年前の中国だったら撮ることができなかったので時代は変わったと思ったし、カットしたことは映画にはロスにならなかった」とのこと。
…そうか、時代は変わっているのか。『覇王別姫』であれだけ批判されたのも今は昔なんだもんな。香港映画ではなく合作映画できちんとそれができたことは、中国映画界にとっても政府が映画文化を見る目にとっても進歩したってことになるのかな。その他の部分が不十分であっても、将来的には希望があるってことなのかな。そんなことを思わされた、スタンリーさんの言葉だった。

英題:Everlasting Regret
監督:スタンリー・クワン 原作:ワン・アンイー 美術デザイン:ウィリアム・チャン
出演:サミー・チェン レオン・カーファイ フー・ジュン ダニエル・ウー ホアン・ジュエ スー・イェン ユミコ・チェン

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» ルックが足りない。でも再度見たい「長恨歌」 [nancix diary]
 さて、今回の東京国際映画祭でぜひにぜひに見たかった、期待の「長恨歌」。 /枚かのスチールを見るだけでも、あの香港一のアート・ディレクター、ウィリアム・チョン張叔平の美的感覚全開フルスロットル!という感じで、大いに期待していました。  ちなみにこの作品のポ..... [続きを読む]

受信: 2005.10.25 07:51

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