【お知らせ】9月初旬まで更新お休みします

☆最新の記事は、この後から始まります☆

 暑中(残暑)お見舞い申し上げます。
1月に本館公開終了に伴うお知らせをしましたが、記事を更新しました。

 4月から本業多忙のため記事の更新が遅れていましたが、7月までで予定していた記事はアップしました。よって、8月から9月初旬までは本館移転作業及び台南旅行記の作成に入りますので、本blogの更新はしばらくお休みいたします。

twitter及び日記blogは更新ありますので、近況等はそちらで確認下さい。

それでは、よろしくお願いします。

Tonytop_2004

本館より。夏なので、涼し気なトニー(鼻ピアあり)をお納め下さい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『太陽は動かない』吉田修一

 現在大阪を中心に撮影されている ウーさんの新作《追捕(Manhunt)》
あの高倉健さんの出演作で、文革終了間もない中国大陸で人気を博した映画『君よ憤怒の河を渉れ』と同じ原作小説(西村寿行氏著)の再映画化。つまり、リメイクではないというわけなのね。
 当初はアンドリュー・ラウ監督、アンディ&金城くんの主演、ヒロインはすーちーで企画されていて、監督がウーさんに交替してからもしばらくそのキャスト案は生きていたらしい。でも全てオファーが断られてしまったらしいのと、東アジア映画の大作として製作されることから、『戦場のレクイエム』のチャン・ハンユーが健さんの役どころとなり、映画版では原田芳雄さんが演じた警部を、なんと福山雅治が演じることになった。ヒロインは大陸のチー・ウェイ。他、韓国のハ・ジウォン、日本からは桜庭ななみ、國村隼さん、倉田保昭先生なども出演とのこと(詳細はこちら)。
 製作がおなじみ香港のメディアアジアだけど、メインに香港の俳優がいないのがほんとうに残念。でもこれまで『破風』『ヘリオス』などで、なぜこれだけ大規模な東アジア映画が作られながらも日本が絡めないのかと苦々しく思っていたこともあって、このプロジェクトには成功してほしいと思っているのだ。
 なんてったってさあ、フクヤマの事務所はあのアミューズだぜ。フクヤマや神木くんやタケルやperfumeだけでなく、おでぃーんや中国語が堪能なことをぜひ売りにしてほしい野村周平も所属しているんだぜ。それに20年前には香港映画に出資したり、香港の人気明星たちをサポートしていたこともあるんだし。
 なお、日本ではギャガでの配給が決まり、公開は2018年だとのこと。ちと先が長いなあ。でも楽しみ楽しみ。

 さて、今回は今後製作が盛んになってほしい東アジア映画の原作になれば面白いなと思った小説の感想。以前書いた『路』の吉田修一さんが、前者に先駆けて書かれた初のスパイ&冒険小説です。


 主人公はニュース通信社のホーチミン支局に所属する鷹野一彦。しかし記者とは仮の姿で、アジア各国を渡り歩いては機密情報を入手し高値で売り飛ばす産業スパイである。今回の任務は、新疆での油田開発をめぐる日中韓の利権争いの背後関係を探ること。情報を狙っているのは彼だけではない。韓国人スパイのデイビッド・キムと、AYAKOという日本名を持つ、国籍不明の謎の美女も動き出していた。サイゴンの病院で起きた銃撃事件や、ウイグル過激派が天津のスタジアムを爆破する計画など、複数の関連事件を探りながら真相をつかもうとする鷹野だが、部下の田岡が何者かに拉致されたことから、壮絶な情報戦に拍車がかかっていく…。

 アジアの闇事情に通じる上海雑技団のボス、武闘派のウイグルゲリラ(女性)、中国共産党の若手政治家から、日本の政界の重鎮までが登場して物語に絡んでくるが、日本の目的はエネルギー政策。この小説が発表されたのが4年前の春、しかも書き下ろしとのことなので、3.11は意識していたことはわかる。そういう背景でアジアでのインテリジェンスを描いているので、面白く読んだ。日本のスパイものをあまりよく知らない(公安だったらドラマ&映画の『外事警察』が思い浮かぶんだが)から、なおさらかもしれない。

 でも、ちょっと引っかかりを覚えたのが、鷹野たちがスパイとなった由縁。クールなスパイものにしてはあまりにウェットでヘヴィな背景を背負っているのだ。彼らの所属するAN通信が今いろいろ言われている某公共放送が計画しながら頓挫したアジア版CNNから生まれたというアイディアは悪くないんだけど、兵隊として使われる彼らがあまりに突拍子もない設定をしょっているので、それでいいのかなー?とちと疑問で。この件は昨年発売された第2弾『森は知っている』で書かれているらしいので、文庫化されたら読もうかな。

 いずれにしろ、映画化したらかなり面白そうな話。
日本で企画を立てて香港や台湾に持って行ってもいいだろうしね。制作費がなかなか取れない現実はもちろんわかっているけど、少女漫画原作ばかりでなく、こーゆー重厚な東アジア映画もたまに邦画でやってくれてもよくってよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『店主は、猫 台湾の看板ニャンコたち』猫夫人

 学生時代に初めて台湾に行った時に感じたのは、やたらと犬が多いところだということだった。だけど今は、猫が多いらしい。それは自分自身も旅して感じることが多く、台北の路地裏から墾丁の海岸まで、いろいろなところで猫を見かけてきた。
 ただ、台北近郊の猴侗には残念ながらまだ行ったことがない。ここ数年は台北より北にあまり行かなくなってしまったのと、休日になるといつも人出がすごいと聞くので、ヘタレなワタシはついつい腰が引けてしまうのでしたのよ(笑)

 その猴侗で猫ボランティアに従事し、『世界ネコ歩き』台湾編のコーディネーターを務めている猫専門フォトグラファー・猫夫人こと簡佩玲さんが5年前に発表したフォトエッセイがこれ。


 こちらが前作。これで猴侗が一躍名所となったとか。

 また、猫夫人は日本最北端のネコ島として知られる宮城県石巻市の田代島にゃんフォトコンテストでも大賞・金猫賞の入賞経験があります。こちらのblogに写真がありました。かわいい~(=^・・^=)

 登場するお店は、写真と住所を見る限りいずれもローカル的で老舗っぽい雰囲気を醸し出している。乾物屋などのお店で猫を飼うのは、もともと店に出るネズミを捕ってもらおうという理由が大きいのだろうけど、ネズミを捕るのが下手くそな猫はそのまま家族あるいは店員として一緒に暮らすというのがいい。そして、ご近所にもお客さんにも可愛がられて自由に生きている様が写真から伝わってくるのもまたいいのだ。

 また、どの店の猫にもそれぞれの物語があり、それぞれの個性がある。お客さんが苦手な猫もいるし、店の売り物を食べちゃう猫もいる。店にやってきて飼われるようになった理由も様々で、ほとんどの猫が保護猫出身じゃないかなと思われる。
 猫夫人はただ猫の写真を撮るだけではなく、猫と人との共生を目指して活動している。それはあとがきでも詳しく述べられているのだけど、これまで台湾人は猫に迷信や悪いイメージを抱いていて尊重してこなかったというのがやや意外であった。まあ、それは以前は野良犬を多く見かけたというのと関係があるかどうかというわけじゃないのだろうけど。でも、こういう写真を見たり、実際に街で猫を見かけたりする限りでは、台湾の人々の親切は何も人に対してだけでなく、猫や犬のような小さきものにも向けられているのではないか、などとついつい思ってしまう。

 猫カフェももちろんいいんだけど、街なかの商店街でノビノビしている猫に出会えて、ちょっと遊んでもらえたらそれはそれで嬉しい。それがきっかけでお店の人や近所の人と話ができればなお嬉しい。そんなところからだって台湾を知ることができそうだな、などとも思ったのでした。
 今度は『猫楽園』も買って、次の旅で猴侗まで足を運べたらいいけど、休日はかなり混雑するともいうからねえ…。でも一度行ってみたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀

 台湾の伝統的人形劇・布袋戯については、『戯夢人生』でも少し書いたけど、それを現代的に発展させた霹靂布袋戯についてこれまで全く触れてきませんでした。すみません。ホテルのケーブルで多少観たことはあるという認識しかなかったのと、2002年に日本公開された映画『聖石傳説』(予告はこちらから)を観る機会に恵まれなかったからってのが大きな理由です、ハイ。

 そんなわけで今年の冬、『まどか☆マギカ』を手がけ、『仮面ライダー鎧武』の脚本を書いたクリエイター・虚淵玄氏の新作が霹靂で製作されると聞いた時、うっかりスルーしかけて「え?」となったのでした。
 いやまあ、ワタシかなり前にアニメファンやめてるから、まどマギって全然知らんし、特撮ドラマは観てても鎧武はキャスト的にも物語的にもなんかのれなかった。それでもよく話題に上がるし、この方の名前はネット界隈ではよく聞くので、へー虚淵さんって人気のクリエイターさんなんですねー(棒読み)、と思うくらい。

 それが、この夏より日本で放映が始まった『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』。
こちらでは中文題から「東劍」と呼ばせていただきます。一般的には「サンファン」の略称を使うようですが。まあ、こちらは中華趣味blogですので、アニメや特撮絡みの感想には決してならないことを、先にお詫びしておきます>と検索でうっかりここに来ちゃった皆様へ 


ここは中華blogなので、台湾版PVを。

ついでにこれも。主題歌はT.M.Revolution。かなりアガる。素晴らしい!
本編の音楽は朝ドラ『まれ』の澤野弘之さん。ヴォーカルをサントラに多用するという特徴があって、東劍でもメインテーマが英語詞(多分)コーラス。

 物語は公式サイトを参考にしてもらうとして、さてどないなもんかとBS11で視聴してみたところ(関東だとTOKYO MXで観られる)、いやこれが予想以上に面白かった!霹靂って今こんなふうになっているのか!と感心しちゃいましたよ。
 人形は普通の布袋戯よりかなり大きく、ワイヤーアクションやCG合成は当たり前で、日本のライヴアクション特撮とほぼ同じレベルにまで進化しているのに思わず目を見張ったけど、唇や目などの微妙な動きも巧みで、感情豊かな表現があっていい。そして、斬られたら流血する場面も思い切って見せるにも驚いた。いやそれだけではない、致命的な攻撃を受けて人体が爆発する場面まで!でも全然汚くない!まさに「散華」するように散っていく。それもすごい。

 あとはね、人形ゆえに登場人物がことごとく美形で、それがまた嫌味にならないところもいい。ページではニトロプラスのデザイナーたちによる原案も一緒に見られるのだけど、いかにも日本ですぐアニメやゲームにできますよー的なデザインを、よくぞここまで自分たちの様式に落とし込んで美形にしたなと思ったもの。(ニトロファンの皆さんすいません)
 主人公コンビである銀髪の美丈夫・鬼鳥こと凜雪鴉と無精髭に白髪交じりの剣客・殤不患を見るとこのへんはよくわかる。これはいい仕事だわ。あとは声優さんたちの熱演も相まって、キャラにそれぞれいい味がついてくるんだろうな。今のところまだ3話までしか観てないから断言はできないけど。
 殤不患が典型的巻き込まれキャラで面白いね。彼をどんどん巻き込んでは焚き付け、それをニヤニヤ見てるような凜雪鴉のややドSな感じも楽しい。

 物語世界もちゃんと作りこまれているようだし、武侠小説的な雰囲気もちゃんと尊重しているみたいなので、あれこれと研究して書いているのかもな。なにより虚淵氏がかなり霹靂に惚れ込んでいるようなので、それをうまく日本に紹介してもらえたことには感謝するなあ。もしかしたら今後どんどん悲劇的な展開になっていく予感もしないでもないが、1クール放映とのことなので最後まで見守りますか。 

 そして東劍をきっかけにして、日本のアニメ好き&特撮好きの皆さんが、他の霹靂布袋戯に触れたり(このスタイルの布袋戯は霹靂以外でも製作しているらしい)、金庸や古龍の武侠小説を読んでくれたり、その延長線上で中華圏の武侠電影にも興味を持ってくれたらと思うんだけど…うまく広げられるかなー、広がってくれるといいなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

山河ノスタルジア(2015/中国・日本・フランス)

 先に書いた『台湾新電影時代』の中で、「台湾映画に比べて中国映画は人間が描けていない」という論評をした映画人がいた。あれ?かつての第五世代は政府やら検閲に文句をつけられようとしても、自分の描きたいテーマをもってスクリーンに人間をうつしだしてきたんじゃないのか?などと、多少昔のことを知っている人間はついそう思いがちなのだが、その中心人物であった張藝謀も陳凱歌も、今やすっかり大作映画の巨匠になっちゃったので、今の時代でなら彼らがそう言うのもまあわからなくはないかな、と多少思い直した。

 ここ数年では中国映画もかなりエンタメ方面によってきたものが日本でも紹介されるようになったが(香港との合作の急激な増加も、もちろんその背景にはあるのだろうけど)、そんな中でも映画作家の作品が引き続き紹介されるのは今や貴重な機会となった気がする。それなら好むと好まざるとにかかわらずしっかり観なきゃ、って気持ちを持っている。特にジャンクーは、中華圏映画の上映がすっかりなくなってしまった地方都市で、ジャッキー作品と同じように日本で公開されたらかならずこっちでもやるという感じになっているのでね、と以前書いたことをまた書いてみる。
 そんなわけで新作『山河ノスタルジア』を観た。

 
 

 1999年、汾陽。ペットショップボーイズの「Go West」に合わせて踊る男女の中にいる沈涛(趙涛)。彼女と実業家の晉生(張譯)、鉱山工の梁建軍(梁景東)は中学の同級生。二人とも涛に想いを寄せているが、彼女は野心を持つ晉生のプロポーズを受け入れてしまう。二人は結婚し、失意の建軍は内モンゴルの鉱山へ転職する。やがて涛は男の子を産み、晉生は米ドルにちなんで「到樂(ダオラー)」という名前をつける。しかしその幸せも束の間、涛と晉生は離婚し、ダオラーは晉生に引き取られて上海に移り住む。
 2014年。涛は汾陽でガソリンスタンド会社経営により実業家として成功し、高級マンションに暮らしてはいたが、最愛の息子の不在に寂しさを覚えていた。久々に汾陽を訪れた建軍とも再会するが、昔のような関係には戻れないことを知る。そんな中、友人を訪ねて出かけた父親が旅先で急死。涛は上海からダオラーを呼び出し、しばらく一緒に生活するが、息子は幼いころに別れた母親を本当の母親と思えない。そして、涛に間もなく父と共にオーストラリアに移住することを告げる。
 2025年、オーストラリア。ダオラー(董子健)は19歳の大学生になっていた。晉生は銃刀法の改正に乗じて、本物の銃を売りさばいて大金持ちになっていた。すっかり中国語を忘れてしまい、父とも話ができなくなってしまった彼は、カナダから移住してきた香港出身の中国語教師ミア(シルヴィア)と出会い、彼女の講座を受けることになる。
 母親と同年代のミアとダオラーはたちまち恋に落ちてしまう。彼女との恋愛で彼が得たものは、遠く離れてしまった故郷と、全く覚えていない母への郷愁だった…。


PSB版はリアルタイムで聴いたので曲は知ってたけど、このMVなかなか強烈…。

「Go West」がかなり印象的な使われ方をしていると聞いていたけど、確かにファーストシーンで涛たちが踊るのに合わせてこの曲がかかるのは強烈。2年前のドキュメンタリーで、彼は自らの映画の原体験や青春時代を語っていたけど、当時の中国の地方都市のいかにも田舎ーな風景とこの曲とのマッチングに、これで同時代感を覚えても間違いではないのだ、と改めて思わされた。
 でも印象的だったのは断然こっちの方。サリー姐さんのこの曲。
こっちの方がジャンクーらしいし、90年代の中華好きには親しみ持てるよね?

 先のドキュメンタリーでは『プラットホーム』の現代版を作ると言っていたけど、この第1部がまさにそれか、と思った。時代はあれより10年後になるけど、主人公の三人がリアルタイムで青春を送り、ジャンクーも経験した時代。そういえば建軍役の梁景東もプラットホームに出ていたんだっけ。これを経てもう一度見直すと、印象も変わるんだろうな。それもあって、涛が中心になる第1部と第2部はいかにもジャンクーらしい。

 だけど、それらよりよかったと思ったのが、ダオラーが主人公となる第3部だったりする。そしてこれがあるからこそ、ジャンクーが何を描きたかったのかハッキリした。それは愛だった。愛と言っても、男女間の恋愛も含む、母性愛に親子愛、そして故郷への愛。西へ行こうと踊りながらも、結局は故郷に留まる涛と、母の思い出が薄く、自由な地に生きても不自由を感じるダオラーを結ぶのがその愛で、個々の想いにそれが集約される。そこにグッと掴まれるし、ラストで雪の舞う汾陽の地で中年になった涛が再び「Go West」を踊るのは、ある意味方角的には西を目指して舞い戻ってくるだろうダオラーとの再会を期待されるようにも感じるしね。

 とかなんとか言いつつも、実はシルヴィア姐さんがよかったんですよ。
ご本人のキャリアを彷彿とさせ、かつ40歳年下の男の子と恋に落ちてしまう役どころだから。しかもちゃんとそこに説得力があるからいい。ああ、あと20年くらいしたらワタシもこーゆー女になりたい(無理)。
 あと、ダオラーを演じた董子健も印象的だった。ググってみたら東京倶樂部さんで紹介されていて、『カンフーハッスル』のあの粥麺屋のおっちゃんがお父ちゃんと知って驚き。1993年生まれとなると、日本だと菅田将暉くんや福士蒼汰くんと同じか。現在台湾で公開中の《六弄咖啡館》にも出演しているとのことなので、今後いろんな映画で顔を観る機会が増えそうだな。
 しかし、ちょっと前ではジャンクー映画って趙涛を始めいつも同じ面々(今回も韓三明はもちろん出ていた)だったのに、ここ数作はメジャーな俳優がどんどん出演してくるよなあ。『カンフー・ジャングル』でも書いたけど、王寶強を知ったのも『罪の手ざわり』からだったわけだし。まあ、こういう進化は嫌いじゃないし、それあっても我が道を行ってる感はあるわけなのでね。

 とりとめのない感想になりそうなので、ここで締めますか。
でも最後に音楽について。ここしばらくは行定勲監督作品でお名前を目にすることが多かった半野喜弘さんが久々にジャンクー作品に復帰。最近のホウちゃんとジャンクー作品の音楽は林強と彼がそれぞれやっているって感じを受けるけど、画面に馴染むサントラは割と気にいってます。初監督作品の『雨にゆれる女』が今年公開予定とのことで、フィルメックスで上映があったり、ホウちゃんやジャンクーと何かしら絡んで展開できたら面白いかなーと希望しております。ああ、なんかものすごく話題が離れてしまった。まあこういう時でしか書けないので、許してくだされ。

原題&英題:山河故人(Mountains may depart)
監督&脚本:ジャ・ジャンクー 製作:市山尚三 撮影:ユー・リクウァイ 音楽:半野喜弘
出演:チャオ・タオ チャン・イー リャン・ジンドン トン・ズージエン シルヴィア・チャン

| | コメント (0) | トラックバック (0)

台湾新電影時代(2014/台湾)

 2014年に続いて開催の「台湾巨匠傑作選2016」で上映されたドキュメンタリー『台湾新電影時代』。前回の特集上映は都合により観ることができなかったのだが、せめて新作くらいは観たいと思い、連休に新宿まで観に行った作品。

 1980年代、世界の映画祭で注目を集めた台湾ニューシネマ(新電影)。その中心にいた侯侯孝賢やエドワード・ヤンの旧作をはさみつつ、彼らの作品に衝撃と影響を受けた世界の映画人たちのインタビューで綴られたドキュメンタリー。タイのアピチャッポン・ウィーラセタクンから始まり、フランスのオリヴィエ・アサイヤス、『悲情城市』が金獅子賞を受賞したヴェネチア映画祭の元ディレクターのマルコ・ミュラー、欧米におけるアジア映画評論の第一人者&翻訳者トニー・レインズを経て、日本からはホウちゃんの『珈琲時光』で彼の撮影現場を経験した浅野忠信くん、東京フィルメックスディレクターの市山尚三さん、映画人からは是枝裕和さんと黒沢清さん、そして佐藤忠男さんが登場。さらに大陸からはジャ・ジャンクーと田壮壮、そしてアイ・ウェイウェイまで登場。そうそう、香港からはシュウ・ケイさんやアン・ホイさんもいたかな。台湾人だけどシルヴィアさんも香港サイドで見ちゃっていいだろうか?


 インタビューの間にMRTの高架や山あいを走る台鐵の景色、『恋恋風塵』劇中の列車の場面が挿入されるので、まるで電車で世界旅行をするような気分で観ることもできる。
 取材者がほんとうに様々なスタンスなのが面白い。同世代のアピチャッポンやジャンクーはいかに台湾ニューシネマから影響を受けたかを彼らなりの熱さで語り、台湾ニューシネマを発見し注目した欧米人たちはあの頃の衝撃を話し合う。香港や大陸の映画人たちは自分たちの作品と比べながら語る。特に大陸の評論家達による「中国映画には台湾映画のような人間が描かれていない作品が多い。『覇王別姫』なんかそうじゃん」みたいなクロストークには笑った。と言うか苦笑いしつつこのヤローって思ったのが本音かな。

 全体的にアジアの映画人の話に共感するのは、自分自身もアジア人だしねってのがあるのだけど、一番興味深かったのが日本の映画人たちの話だった。実際に現場に関わった人も多いし、佐藤さんのように80年代から多くの作品を観てきた方もいる。キヨシは「ボクはエドワード・ヤンが好き」と語っていたが、確かにヤンちゃんの旧作を見直しながらキヨシ作品を観てみると、どこか似たような雰囲気を覚える。
 そして、ホウちゃんとヤンちゃんをとりあげた『映画が時代を写す時―侯孝賢とエドワード・ヤン』(1993)をTVディレクター時代に演出していた是枝さん。このドキュメンタリー自体は観ていないけど、彼が早い時期から台湾映画に関心を寄せていたことは知っていたし、実際の作品にもホウちゃん的な味わいを見ることができるので、ワタシも好きな日本の他監督である。
 その彼の亡きお父上が台湾出身の湾生だと知ったのは実はつい最近だったりする。インタビューでもその件について語られているけど、昨年たまたまどこかで嘉義農林を出られたと聞いて、なんという偶然!と驚いたもので。『童年往事』に寄せて、嘉農を出てそのまま出征し、シベリアで敗戦を迎えて帰国したお父上が、パイナップルは台湾のほうが美味しかったと言っていたという思い出を語っていたのだけど、これもまた一つの童年往事のような、などと思ってしまったのだった。いつか台湾をモチーフに映画を撮ってほしいなあ。

 ところで「自分の作品はニューシネマとは思わない」と語っていたミンリャンを含め、台湾映画にはうっかりすると記憶が遠のいてしまう(つまりいつの間にか寝てしまう)ことが多少あって、こりゃまずいなーと思うことがたびたびあるのだが、最初のほうで確かアピチャッポンが「観ていると気持よくてついまどろんで寝てしまうことがあるのだが、それは決して惜しいと思わない」というようなことを言っていたので、そうか、それはあながち間違いではないのか、と思い直したのは調子良すぎるでしょうか?(笑)
 今は旧作のリマスター版上映も多いし、昔観て記憶がとぎれとぎれになっても再見してその良さを確認できる時代なので、やはり「午前十時の映画祭」で上映される作品と同じように、これらの台湾映画の秀作も定番のようにたくさん上映されてほしい。ええ、大都市圏だけじゃなくて、地方でもね!

 で、そろそろ日本で観られることを期待してもいいんですよね、『牯嶺街少年殺人事件』については?

原題&英題:光陰的故事―台湾新電影(Flowers of Taipei - Taiwan New Cinema)
監督:シエ・チンリン 製作総指揮:シャオ・イエ 製作:アンジェリカ・ワン
出演:ホウ・シャオシェン ツァイ・ミンリャン ジャ・ジャンクー アピチャッポン・ウィーラセタクン オリヴィエ・アサイヤス マルコ・ミュラー トニー・レインズ ワン・ビン ティエン・チュアンチュアン アイ・ウェイウェイ シュウ・ケイ アン・ホイ シルヴィア・チャン 浅野忠信 市山尚三 佐藤忠男 黒沢清 是枝裕和

| | コメント (0) | トラックバック (0)

台湾人作家の見る日本×日本人翻訳家の見る台湾@不忍ブックストリートweek2016

 2005年から始まり、毎年谷根千地域を会場に行われる日本最大の地域型ブックイベント・不忍ブックストリートweek
 ここ数年はGW中に開催され、古本をダンボール一箱分のスペースで売る一箱古本市を中心に様々なイベントが行われています。不肖もとはしも、書局やさぐれ店主として昨年の一箱に参加いたしました。
 このイベントの中心人物である南陀楼綾繁氏の著書『一箱古本市の歩きかた』によれば、一箱古本市は『牯嶺街少年殺人事件』の、夜市で古本が売られていた場面から発想されたとのことで、台湾好き&本好きとしては何かを感じさせられるものが大いにあります。

 そんな今年の不忍で、4月29日に開催された台湾トーク「台湾人作家の見る日本×日本人翻訳家の見る日本」に参加してまいりました。遅くなりましたがご報告を。
 ちなみにこのイベントで行われた台湾関連のトークショーは、2014年の「台湾で本を売ること、作ること」に続いて二度目だそうです。

 ゲストは東京在住の台湾人作家、張維中さんと、『歩道橋の魔術師』 『日本統治時代の台湾』の翻訳者で台湾文学を中心としたブックカルチャーを紹介しているサイト「もっと台湾」主宰の天野健太郎さん。
 トークはオール日本語。張さんは8年前から日本に住んでいて日本語も実にペラペラですが、日本語で長時間トークされるのはこの日が初めてだったそうです。

フライヤーいろいろ。一番上の猫の写真は天野さんの最新翻訳作『店主は、猫』のアドカード。


会場は谷根千〈記憶の蔵〉。現在は映画保存協会の資料保存庫としても使われているそうですが、かつては八路軍で働いていた看護婦たちの荷物保存庫だったとか。

 張さんはまだ著作の日本語訳がないそうですが、著作『天地無用』の一部訳が読めます。
 小さい頃から家族が「日本製のものはいいよ」など、よく日本の話をしていたことと、90年代末からの哈日ブームの頃は大学生で、その頃映画の『Love Letter』にハマって2回観たとか。初日本旅行は大学4年の頃で、それ以来年一回くらいで来日。他に香港や米国にも旅をしていて、旅した場所を作品の舞台にすることが多かったとか。
 15年前くらいは、英語が喋れない日本人が多く、旅するたびに「よし、日本語を勉強しよう!」と決意しては挫折を繰り返し、そこで日本で本気で1年間頑張ってみようと思って2008年から早稲田に留学し、専門学校で雑誌編集デザインを学んだ後、現在は出版社に勤務して台湾のガイドブック等を作り、台湾で小説やエッセイを発表しています。

 一方、天野さんは90年代中盤の香港返還をきっかけにした中華カルチャーブームの洗礼を受け(同志よ!と思ったら見事に同世代でした。納得)30歳を前にして中国語を学びたいと決意し、香港と台湾に行ってみたが、後者の方が暮らしやすいと思い、師範大学の國語中心に留学。その後通訳・翻訳者を経、2010年から台湾の本を日本で売りたいと『台湾海峡一九四九』を翻訳して白水社から出版したそうです。

 台湾ブームは2000年からあったが、一気に注目されたのが震災後のあの義援金のことから。それを好機といろいろと活動をしている天野さん曰く、台湾ブームには、90年代後半の、司馬遼太郎の『台湾紀行』、台湾在住の片倉佳史さんや青木由香さんが発信する日本人からの視点のものがあるという。それぞれをファーストウェーブ、セカンドウェーブと名付けると、未だに盛んなのはセカンドウェーブであり、その延長線上として旅行誌や女性誌で取り上げられる台湾は消費されるものばかりなので、小説やノンフィクション、建築やデザインなど台湾人が発信する台湾カルチャーをサードウェーブとして紹介したいという話が一番印象的でした。

 90年代初頭から今に至るまでたびたび台湾に渡り、家族も住むようになった身としては、義援金についてはもちろん感謝しているし、以前に比べて台湾のことを話しやすくなった嬉しさはあるんだけど、雑誌やwebで特集される台湾は「美味しい、かわいい、ほっこり」なものばかりで、それだけじゃなんだかなあと思ったのでした。悲情城市のロケ地として観光地となった九份を、某ジブリアニメのモデルとなったなどと紹介されるのもなんだか違和感だったもの。
 ワタシ自身、かつて一周旅行までしたこともあるけど、詳しく知ることなく今に至っている。それに中華商場もだけど、あの頃あった思い出の場所や遊び場もなくなってしまっている。第二の故郷とも言えた淡水も、もうすっかり変わってしまってビックリしたもの。
それでも、今の台湾は興味深い。日本統治時代の建物のリノベーションや、日本のカルチャーに影響を受けて自分たちの街であれこれトライしてローカルカルチャーを育っていく若者たち。ここ数年足を運ぶために、いろいろな面白さを感じるし、それを踏まえて映画や文学やデザインを見ていくとほんとうに面白い。ただ癒されに行くだけでなく、歴史や社会の上から生まれた台湾カルチャーを大いに味わい、いろいろな発見ができるのが楽しいんですよね。あ、もちろんおいしいものは正義ですから、こちらも助けられています。

 

 当日購入したりいただいたりしたもの。左は各主要都市のランドマークをデザインした高鐵特製ふせん(これはもちろん台南ね)と印花樂の付箋、そして張さんのエッセイ『夢中見』。エッセイは張さんに質問していただきました。ちょっとずつですが今読んでいます。
 そして右は岩合さんの世界ネコ歩き台湾編のコーディネーターを務めた猫夫人の最新フォトエッセイ『店主は、猫』。
後日、こちらの感想もアップいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

寶島幸福茶舗【おまけ&告知】

 旅行記自体は前回の記事で完結しましたが、今回は番外編ということで。
まずは買ったお土産を幾つか。

 オークラの鳳梨酥の箱。
デザインがステキなので、食べた後に取っておいてます。

林百貨で購入した無米楽のお米。
「米どころに住んでるのになんで米買うんだよ」とつっこまれるかしらん(笑)
これはクックドゥのアジアン鶏飯と一緒に炊きこんで美味しく召し上がりました。

すっかり台湾土産の新たな定番となったヌガー。
これも林百貨で買った安平のヌガーです。

これは全然台湾じゃないか(笑)東南アジアでよく使われている蝦醬。
ちょうどTLで蝦醬で鶏手羽先&手羽元を漬け込んだ料理が流行っていて、思わず買っちゃったのでした。においはかなり強烈だけど、美味しく焼けますよ。

嘉義の新台湾餅舗で買ったのは台湾型の鳳梨酥。
これをオークラのヌガーと一緒に中国茶会に持って行っていただきました。

 今回は割と写真多めに掲載したのですが、文章との兼ね合いで載せることができなかったのも多々ありました。これもいずれはなにか形にしたいと思っています。

 さて、ここしばらくは年に一度のzine発行を恒例としていますが、昨年は以前の旅行の写真を自ら製本した写真集を作りました。
 今年は、この旅行記と昨年の台南滞在記をもとにしてzineを作成します。
 初販売は来たる9月4日(日)に開催される文学フリマ岩手です!
 結構なボリュームになると思いますが、相変わらずのコピー手製本で作りますのでどうなることやら。これから以前の記事や資料をひっくり返し、写真もここに載せなかったもの中心に選択して、この夏いっぱいかけて執筆いたします。はい、頑張ります。

 いやー、言っちゃった。
これはもう後には引き下がれないぞー。あはははははははは。

 とは言え、このblogも出来る限り更新いたします。
今後のアップ予定は、4月に不忍ブックストリートで開催された台湾トークのレポートと、『台湾新電影時代』『山河ノスタルジア』の感想ですよー。
これもなるべく今月中に上げる予定です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

寶島幸福茶舗・その4

3月30日、台南最終日。
この日はもうすっかり朝から暑かった。

早餐は再び康樂街牛肉湯。
前日行ったお店で豆漿を外帯して、お店で飲みながらいただきました。

この日は管理人さんが11時にホステルに来て、台鐵台南駅まで送ってくれるとのことで、それまでは宿からあまり離れないようにして、五條港地区を散策することにした。
この地区は北は成功路から南は中正路まで、全部歩くとかなり広い。民族路と民権路のある水仙宮市場周辺や、昔の城壁に沿って走る路に古廟が多いと聞いたので、てくてく歩きながら廟めぐりをしていた。

 すぐ売り切れてしまう阿松割包も、平日の朝なら悠々ゲット。
お隣の青草茶も一緒に買って、午前中のおやつに。

まだ写真を載せていなかったね。ホステルのキッチン。
自炊に必要な物も一通りそろっていたので、長期滞在も可能っぽい。
洗濯機は結局使わなかったなあ。あと、自転車の貸出も可能だった様子。
今度泊まるときは借りよう。

11時に管理人さんがやって来たので、荷物を積んでもらって出発。
駅に行く途中、ここで止まった。
あーっ、すっかり行くのを忘れていたよ、全美戯院

台湾唯一の手書き看板がかかり、李安さんが昔通っていたことでも知られる映画館。
いやー、ここで映画観たいなと思っていたのに、夜はいつもヘトヘトになっていたのですっかり忘れていたよ。こういう映画館がいつなくなるとも限らないから、本当に近いうちに台南を再訪して、絶対足を運ばねば。

李安さんのご実家もこの近辺にあるとか。

洋画だけでなく、昔の台湾映画の看板もちゃんとあるのがいい。

 管理人さんと再会を誓って駅で別れ、11時45分頃、高鐵台南駅で高鐵に乗り込む。
ホステルのお菓子や果物をいろいろと持ってきていたので昼食代わりに食べる。

 台北に着いたのは1時半頃。
すぐにMRTに乗り換え、忠孝復興駅で降りる。
 ここでの宿は台北碧揺飯店。最近台北に行くとコストの点からいつも商旅に泊まってしまうので新鮮(去年の台中と台南では普通のホテルに泊まっていたけど、それはおいておく)。松山空港まですぐ行けるからここにしたけど、お値段はそれなりの高さ。そして宿泊階も高かったのでした。ははは。

 しばらくホテルで休み、3時頃出発。
ここからしばらくはお土産購入ツアーとなったけど、まずは一休みしたかったので、昨年も行った特有種商行へ。

 とにかく喉が渇いていたので、ここではフルーツティーを注文。
分厚いKANOの絵コンテ集(実際にスタッフが使用していたものらしい)を読んだり、台北大空襲をテーマにしたマンガを読んでました。添えてあるのは、『リップヴァンウィンクルの花嫁』のフライヤー。

 昨年来た時には見なかった新作グッズも幾つかあったので購入。
KANOの缶バッジや、セデックのステッカーなど(写真右の一部。蛇足ながら我が弟がほしいと言ってたのが、このデザインをあしらったTシャツであった)
クジラの尾びれのデザインのTシャツは、今後の新作映画《台湾三部曲》にちなんで作られたものとか。他に蝶と鹿のデザインもあり。
あと、セデックのフィルムしおり(写真左)もいただきました。

その後は、中山まで出て、老爺や大倉でヌガーなどのお土産購入。
オークラのこのヌガーは贈った先で喜ばれました。鳳梨酥も美味しかった。

もちろん、近隣にあるので、光點台北にも寄りました。
華語片の上映はなかったけど、ジョー主演の『FOUJITA』のメイキング写真展が催されていました。

これは、昨年の大阪アジアン映画祭で大評判を呼び、昨年末に日本でも一般公開されたハンガリー映画『リザとキツネと恋する死者たち』。中華は全然関係ない(むしろ日本が関係している)けど、かなり面白い映画。

 一通り買い物を済ませて再びホテルに戻り、荷物をおろしてから最後の晩餐へ。
向かうのはそうここ、松山で泊まると必ず立ち寄る我が愛しの夜市、遼寧街!
(BGMは当然「Happy Together」)

もう台湾最後の夜なので歯止めが効かなくなってます。ははは。
台南でなぜか食べなかった但仔麵と肉圓、胡椒餅と蚵仔煎を買い込み、持ってきた缶ビールのアテにして気持よくいただきました。良い風に吹かれて酔っ払う日本のオバちゃんひとり。
帰りには珍珠奶茶を買ってホテルで飲み、パッキングに苦労しながら最後の夜は更けていくのであった。

3月31日、朝5時起床。
この日は9時松山発のCIに乗るので、6時にホテルを出てMRTに乗ったら、すぐ空港についてビックリ(笑)

実はeチケットを見て初めて気づいたのだけど、なんと帰りはビジネスクラス!
松山はいつも出発2時間前にならないとチェックインできず、エコノミーの方はかなり混んでいたのだけど、ビジネスのチェックインは人が少なく、余裕で通れて善きかな善きかな。
ラウンジチケットを初めていただき、出国後に寄って朝の軽食をいただく。

他のラウンジはどうか知らないけど、割とこんな感じなの?
イモがあるのがいかにも台湾で嬉しい。今回の旅で食べてなかったのよね。
寝不足気味なのでうたた寝しつつ、しばらく休んでいた。

復路便はラッピングジェット。
席は最前方の端っこだったけど、お隣はどこかの社長さんらしき方で日本語ペラペラ。
ただの日本の庶民のオバちゃんもベテランの日本人チーフパーサーさんにサポートしてもらって、快適に短い機内の旅を過ごせました。

エコノミーではもうつかなくなったナッツ。
飲み物はりんごジュース。

せっかくのいい機会なので、機内食は和食で。食前酒はシャンパン。
ご飯が茶碗に入ってサーブされるのはすごい。和食も日本で食べるのとほとんど変わらず。

食後のフルーツとわらび餅。しかしお茶は烏龍茶です。
すみません、これは我が仕様です。

順調に空路を進み、日本時間1時には羽田に到着。
機内でお酒も飲んじゃったので、ルータを返却してからすぐ電車に飛び乗り、東京駅で新幹線に乗り換えて夕方には帰盛したのでした。

 今年は台南に絞っての6日間の旅行でしたが、それでも時間が足りないくらい見どころもあり、行けなかったところも多々ありました。
 歩いてみて感じたのは、常々日本統治時代と一緒に過去の台湾が語られることが増えてはきても、それ以前の歴史も感じられる街であるのが台南であるということ。それは昨年行った安平古堡も然り。廟を中心とした清朝の建物や、オランダやドイツの建物と共に、古い建物をリノベーションした施設が混在する面白さ。それは台湾のユースカルチャーの活発さとも相まって非常に興味深いです。
また、ワタシが留学していた頃はまだ国民党が政権を握り、大陸ともまだまだ臨戦態勢であったのだけど、あの頃とはもうすっかり違うのだなということもつくづく感じ、これが今の台湾の面白さなんだなということも改めて思いました。

 一青妙さんやヤマサキハナコさんには到底かなわないけど、今後も台南には大いにハマりそう。来年は地元花巻からも季節限定だけど国際定期便も就航予定だし、隣県の仙台空港からもエバー航空に加え、LCCのタイガーエアが利用しやすい時間で就航したので、忙しい中でもなんとか暇を見つけて、行きたいと思います。

 あ、でも来年の春は久々に香港に行く予定です。その前の冬の間に行ければいいかな。

 以上で台南旅行記は締めますが、次の記事では番外編を。
あと、ちょっとしたお知らせもあります。近日アップしますね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

寶島幸福茶舗・その3

 3月28日(月)、橋頭への半日遠足から台南に戻り、つまみを買って6時くらいにホステルに戻ると、デスク脇のスペースに果物発見。管理人さんからの差し入れのフルーツでした。

 魯味を平らげた後にデザートとして一つ食べると、すっぱいけど食べごたえのある味。普段日本でも生のプラムは食べないだけ、こういうところで出会うフルーツは新鮮。

 それを食べていた頃、管理人さんからメッセンジャーで「差し入れあるよ」と連絡が。8時頃ホステルに来るというので、それまで一休み。差し入れを受け取ってから晩餐(というより夜食)に出ることにした。

 差し入れで頂いたのは、台湾のベーカリーで多く扱っている肉鬆(そぼろ)のパンとクリームパン。これらのパンは翌日、嘉義に行くときにおやつとして持って行って食べた。
 あとはフルーツ。上の写真でもわかるように、タッパーいっぱいのパパイヤとグァバのカットをいただきました。この日からゲストがワタシ一人だけだったこともあり、「キッチンは自由に使っていいからね」と言われたので、フルーツはキッチンの冷蔵庫に冷やして、必要な分だけ取り分けて部屋で食べたりしてました。

 「この近くの廟でお祭りやっているから見に行こう!」と誘われ、カメラを持って外へ。
 ホステルのある康樂街の周辺には多くの廟があり、そのうちの一つである南勢街の西羅殿という廟の前で劇が行われていました。

 なんか懐かしい。留学時、寮の前によく仮設の舞台が作られて、鬼月の終わりのお祭りで同じような劇がやっていたもんで。ええ、全然言葉はわかりません。だって台湾語だし(汗)。

 この廟の向かいにある風神廟

風神・雷神・雷母を祀る台湾唯一の廟で、清朝の時代に建てられたとか。
この地域一帯は通称「五條港」といい、清朝の頃は運河になっており、後年整地されてその後を道にしたと聞き、もしブラタモリで海外ロケがあれば、真っ先に台南が取り上げられそうだなーと思った次第。

 ↑なお、この廟には二つの大きな灯籠があったのだけど、そのうち一つが2月の地震で倒壊。街ナカで地震の被害をあまり見てなかったのでビックリしたけど、6月初めに無事修復完了したらしい。よかったよかった。

 こちらは1777年に建設された接官亭石坊。当時はこの横に公館があり、大陸から赴任した役人がここをくぐって府城入りしていたとか。

 晩餐は海安路沿いにあったフライのお店で。
魯味食べちゃってたので肉は頼まず、フライドポテトとしいたけ、そしてイカフライ。
油物ばっかり食べていたなあ。

 3月29日(火)朝の空気もだんだん熱を帯びてきている。
早餐を買いに行くついでに、昨年も見に行った馬祖樓天后宮まで散歩。
ホステルから3分くらいで行けるとこだった。

 あ『祝宴!シェフ』でお馴染み、パフィーのお店も健在でしたよ。

 この日は休みのお店が多かったので、外帯できるお店で蛋餅と豆漿、そして米糰を買い、ホステルで朝ドラ観ながら(ははは)食べました。

米糰の中身はこんな感じ。肉鬆と刻んだ漬物が入ってた。

さて、この日は待望の嘉義へ。
台南からは普通列車でだいたい1時間20分位。

 まずは、嘉義公園へ。ここはかつての嘉義神社の敷地にあって、社務所が博物館になっている嘉義市史蹟資料館をまず見学。嘉義はこれまた学生時代の環島旅行で阿里山に行くために一泊した以来で、もちろん街をちゃんと見て回るのは初めて。
 嘉義の歴史でも森林鉄道と林業については丁寧に紹介されていて、しっかり見た。統治時代の記録映像が参考になったね。日本語でナレーションされていたし。

 隣接地には市立球場。当然「いらっしゃいませー!」やってきました(笑)。
写真を載せてないけど、この向かいには嘉農の甲子園出場と準優勝を記念して建てられた(と言っても20年くらい前にらしい)記念碑があった。嘉義は台湾の野球の故郷でもあるんだよね。

 お次は檜意森活村(音が鳴るので注意)へ。駅に向かって歩いて行くと、街の中にかなり広い敷地を取って広がる渋い木造家屋群がいきなり現れる。ここは統治時代の営林局関連の施設があったところで、それらをリノベーションして現在は資料館や体験施設、ショップなどになっている。そして、近藤監督の自宅のロケ地でもある。

自宅として使われた家は現在嘉義KANO故事館になっている。
映画の小道具が飾られているのはもちろん、映画だけでなくマンガ版の紹介もされている。光のよく入る縁側は居心地がいい。近藤監督が書いていたポーズで写真を撮ってもらったりしたよ。

 この自転車見るだけで、すでに頭のなかに田園の真ん中の道を自転車で突っ走るアキラの姿が目に浮かび、脳内にサントラが流れてくる(笑)
手前のキャンパスバッグは売っていたけど、奥のナイロンバッグがいい味出してるわ。

 お腹もすいてきたので、圓環のある中山路を目指して再び歩く。
嘉義といえば雞肉飯が名物というので、嘉義噴水雞肉飯で遅い午餐をいただく。

七面鳥の肉を使っているので味わいは香港で食べる白切雞飯とも日本でも食べられる海南雞飯ともまた違う。いかにも台湾の味って感じでいい。
この日のスープはしらすとわかめでした。



噴水雞肉飯の店名のもととなった圓環の呉明捷像。
きゃー、アキラΣ(゚∀゚ノ)ノキャーとか言いながら、KANO本編にも登場する日向屋というお菓子屋さんが前身という新台湾餅舗に寄って、鳳梨酥や檸檬蛋糕(日本と同じレモンケーキ!)などお菓子をあれこれ買った。
4時過ぎてかなり疲れてきたので、早めに台南に戻ることにした。行きは普通列車だったけど、帰りは早く着く自強号に乗っちゃったよ。

 駅から歩いて、6時半くらいにホステルに到着。
ものすごく疲れていたけど、今夜は台南最後の夜、お酒でも飲みたいなあと思い、ふらふらと宿を出る。昨日に引き続き賑やかな西羅殿のお祭りや花火を眺め、神農街をしばらく歩いてから、セブンイレブンで台湾ビールを缶で2本買い、國華街で小巻米粉をテイクアウトし、ホステルの1階のキッチンで一人飲みしていた。

 この小巻米粉、イカリング入りの汁ビーフンなんだけど、『わたしの台南』には台南生まれの李安さんの大好物らしいと書かれていた。あっさりしてするっと食べられた。

疲れていたので酔いも結構早く回り、酔いざましに少し散歩してキッチンで寛いでいたら、管理人さんの旦那さんとお子さんがやってきて、この冬瓜茶をいただきました。
冬瓜茶は身体を冷やしてくれる作用があるそうで、冷え性体質のワタシにはあまり縁がないなと思ってたけど、酔いざましには実にちょうどいい飲み物でした。

名残惜しいと思ってゆるゆる過ごした春の夜。いよいよ明日は台北への移動。
そんなわけで、この旅行記はもう少し続きます。あとしばらくお付き合いを。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«寶島幸福茶舗・その2